Acousphere Live 2016.10.11 吉祥寺Star Pine's Cafe
2016年10月11日(火曜) 吉祥寺スターパインズカフェにてスペシャルライブイベント「Acousphere with Friends」を開催します! Acousphere Recordに所属するアーティストが一同に集うライブをお楽しみください!
日にち:2016年10月11日(火曜)
場所:吉祥寺スターパインズカフェ 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 B1
出演:Acousphere / Acoustic Sound Organization / Aerial / Sonascribe
時間:Open 18:00 / Start 19:00
前売り ¥3,900+1drink / 当日 ¥4,900円+1drink
詳細はこちらをご覧下さい!
2020年2月29日土曜日
回避型人類の登場「ネオサピエンス」
絶滅してきた。
240万年前のホモハビリスの頃から脳が増大し、加速する。
180万年前に更に進化し、ホモエルガスターがアフリカを出て、世界中に広まる。
30万年前ホモサピエンスは世界中に散らばり、独自の進化を遂げた種からではなく、
アフリカに留まっていた種から生まれた。
7〜8万年前、アフリカをでて全世界に広がっていく。
4万年前、ネアンデルタール人が絶滅すると、もはやその地位を脅かすライバルはなく、
現生人類であるホモ・サピエンスの天下となった。
今まで(アフリカを出た猿だけが人類になった。)という定説にかなり感動していたので、
これで合点がいったと言うか、そうなんだ〜と興奮してしまった。
さて、この壮大な進化がここ一世紀の間に相当進んでいるんだそうです。
1世紀って確か百年ですよね。この100年の間に人類の性格がずいぶんかわってきて
いますよね。
電車に乗ればほとんどの人がスマホを見ている。新聞や文庫を読んでいる人など皆無
に等しい。小さい子供を連れているお母さんが子供そっちのけで、スマホを見入って
いる。特に交差点などでこれをやられると気が気ではない。
一度、注意した事があるけど、迷惑そうだったので、こういう場面に遭わないように
こちらから逃げているけど、私自身これでいいのか悩んでしまう。
こういうIT革命がもたらした回避型人間は単独生活が基本。
セックスをしない、子育てに関心がない。
集団への嫌悪と恐怖をもつ。
人より物、物より情報を好む、ルールと統制を重視する。
キレると何をするか分からない。
死を悲しまない。
ネオサピエンスとは他者との情緒的な関わりに喜びも関心も持たず、誰とも希薄な絆しか
持たないタイプなんだそうですが、これから、こう言う人間が増えていくとすると、どんな
未来が来るのか。
もはや、あらゆる社会システムがスマホを前提に構築されてしまった現在、この流れは
とまらないのですね。嫌だ、イヤダ。
2020年2月24日月曜日
街道を行く「近江散歩、奈良散歩」
という結論に達した。
そして、今 思い出すのが、5年前の一ヶ月の入院の思い出。
しかも、この頃、この司馬さんの近江散歩に出ていた東大寺の上司海雲さんの話題。
司馬さんは上司海雲さんの文章に「渾身の明るさがあふれている。」と評している。
「私は悪性の貧血というめずらしい難病で、昨年から阪大の付属病院で御厄介になって
いるのだが病院の夜ほどおそろしいものはないと言う事を初めて知った。」
東大寺の高僧であるこの人がこんな弱音を吐くのかと驚いたし、安心もした。
私はというと、この入院初日、激しい痛みがよなかに襲ってきたら、どうしたらいいのか
・・・しかし願いも叶わず、また激しい痛みが襲ってきた。
看護婦さんを呼ぶと直ぐに夜勤の女医さんが駆けつけて、点滴を打って下さった。
そうか、夜勤の先生がいつでも待機して下さっているのだ。
この後、心配は見事に吹っ切れた。
上司さんの文章は更に続きます。
「深夜の病室は、得体の知れぬ音が起こっては広がる場所だ、それも患者の呻きとか、
付添人の草履の音とかと言った正体の知れた物音ではない。・・・実はその音は、
自分自身の肉体や精神の内部から起こって来るものらしい。熱の上がり下がりや、脈はく
の緩急、熱と汗と痺れと耳鳴りと幻覚と幻聴、更には揺れ動く生と死に対し、体と心が
闘っている物音だ」
あの入院の頃、まさにこの文章を読んで、妙に納得がいったのです。
ところが今回、何気に手に取ったこの本。
しかも、まさにこのページを偶然にも開くと言うのはどう言う事なんだろう。
このページを開いて、思う。
私は見事克服しました・・・ということよりも、司馬さんはこの人の素晴らしさを
こんな言葉で締めくくっています。
「人間の弱さをひらたく肯定する心の佇まい」
2020年2月7日金曜日
内田樹『生きづらさについて考える』
事で生じる心身の歪みがもたらす詰まりや痛みだと言っています。
詰まりや痛みを感じない場所とは
「自分が機嫌良く居られる場所」を見つける事。
そこに居ると、次の動きについての選択肢が多く、可動域が広い場所であるという事。
「気持ちの良いポジション」と言うのは身体の中に生じる強張り、詰まり、ゆるみ、
ずれ、痛みと言った違和感や不快感を順番に消していって、「ギアがニュートラルに
入ったような感じ」だとおっしゃっています。
このような状態はつまり、自分は何が好きで、何をしていたら、生きている感じが
するのか、自分らしく生きることの勧めなんでしょうね。そのためにはいろいろなこと
を試す、自分が好きな事を先んじてやっている先輩に聞いてみる。その為にはどんな
訓練が要るのか、やってみる。
機嫌良く生きられる場所ってどんなところか、考えるのは大切なんですね。
さて、果たして私はどうなんだろうな・・・。
2020年1月29日水曜日
司馬遼太郎『三浦半島記』
貴族文化が終わり、武士が台頭して来て、鎌倉幕府が開かれる頃、
仏教も奈良、平安の時代の豪華なものから、誰にでもわかる、救済される
簡潔で、直截で、勁いものとなった・・・と司馬さんは仰っています。
法然、親鸞、一遍、日蓮、英西、道元さん
仏像も今までのような嫋やかなものから、強い、強面の仏像に変わってきます。
仁王像などはこの時代のものなんでしょうねえ。
私は以前、熱海の梅園に行った時、そこの一角にある美術館に行ってみました。
そこに美術館があるなどとは思っても見なかったのですが、案外そういう時って、
思わぬ感動がまっているものなんですね。
以前から気になっていたんです。
『役小角』
読むのはエンのオズヌ
鎌倉時代の修験者。この人の大きい木彫り?の像が部屋の真ん中に座していて、
圧倒的な存在感をはなっていました。確か有名な彫刻家の作品だと書いて
あったのですが、お名前は忘れてしまいました。
また、この役小角に逢いに行ってみたいな。
iPadから送信
2020年1月23日木曜日
『1Q84』の「青豆」
村上春樹さんの小説のなかのバーの名前は『麦頭』。実に上手い。
それでも、村上春樹さんの作品の中の名前で苦手なのが、ネズミ。
出て来る人物の名前が『ネズミ』と言うのはチョット落ち着かない。
今までで、
思わず笑ってしまったのが、よしながふみさんの『ニセたんデパート』
言わずと知れた伊勢丹のことと思うのですが。可笑しくておかしくて、周りの人
を、ド突いて顰蹙を買った覚えがあります。
名前の効果と同じように比喩の上手い作家も良いですね。
村上春樹さんは比喩の天才、レイモンド・チャンドラーさんに学んだと仰っています。
『比喩と言うのは意味性を浮き彫りにするための落差である。
・・・ここでストンと上手く落差を与えておけば、読者はハッとして目がさめるだろうと
読者を眠らせる訳にはいかないからここで、適当な比喩を持って来る訳。
文章にはそういうサプライズが必要なんです。』
羊をめぐる冒険でも『羊男』と言うのがでてくる。
一体コイツはどんな奴なんだと頭がグラグラした事を覚えていますね。
想像力のない私にはどういう人物像を描いたら良いのか戸惑ってしまった。
2020年1月22日水曜日
木兎は黄昏に飛びたつ
とても心地よい、濃厚なお話しが聞けておもしろかった。
川上未映子さんも流石に文章を書く方だけに言葉の選択が研ぎ澄まされていて、聴きどころ
が立派。お若いのに、頭の良い人というのは洗練されているのだなあと感心しきりでした。
村上春樹さんも同じ作家の川上さんに真摯にこたえられていました。
中でも、
ジョイスの『イマジネーションとは記憶のことだ』という言葉を引用して、意識したものも、
意識しなかったものも一かたまりづつそれぞれキャビネットにドンドンはいっていくのだと
仰る。それを創作の時に引き出す・・・というより自然に出て来る。
書く人も書かない人も実はキャビネットをちゃんともっている。
けれど、ある程度、年を重ねないとキャビネットの数がふえないのでは・・・とも、凡人の
私には思えるけど、若くても鋭い感性とか審美眼とでも言うのだろうか、キチンと考える癖が
ないと大したキャビネットになり得ないのではと思う。
チョット話がそれるけど、随分前に向田邦子さんのエッセイの中に『引出し』と言うのがあって、
中に『う』という項目がある。食いしん坊で有名だった向田邦子さんは美味い情報があると
必ず、メモをこの中に放り込んでおく。今ならスマホのメモに入れておくのだろうけど、
私も真似をして暫くそう言う箱を手元に置いておいた事があった。
私にはこの程度の
キャビネットしかおけないな。
2020年1月19日日曜日
2019年9月12日木曜日
お寿司屋さん
『女の人は手が温かいから、寿司屋には向かない』
が、これって実は本当ではなさそうだ。
かなり昔に義理の妹とクッキー作りに挑戦している時、
小麦粉とバターを練っていたら、彼女のクッキーのタネは
見事にネチョネチョしてきて、型を作るところでは無くなった。
私は初めて自分の手が冷たいのだと分かった。
それ以来、生地を纏めて、型を作るのは私の仕事となった。
さて、今日の産経抄では面白い記事が載っていた。
出版社の社長が46歳で転身して実家の寿司屋を継ぐという。
出版という競争の激しい社会にあって、ここまで努力をして、
作り上げてきた会社を諦めて一からやり直しするこの決断の凄さ。
人はそんなにかんたんにリセット出来るものではないですよね。
でも、そんな荒波を超えてきた人だから、やり通せるのかもしれません。
この白形知津江さんにエールを贈りたいです。
頑張って下さい。
2019年8月20日火曜日
空海
と探してみました。
高村さんは阪神淡路大震災に遭いました。
そして、東日本大震災の後3年後に福島に入る事が許された事をキッカケに
空海の周辺を探ってみようとの思いに駆られたようです。
『・・・長らく、近代理性だけで生きてきた人間が人間の理性を超えたもの、言葉で言い当てる事が
出来ないものに直面し、その事を身体に刻んだ。
以来、手探りで仏教書をひもとき、仏とは何かと考え続けて、今日に至っているが、それでも、信心
なるものには今なお手が届かない。』
そんな訳で、高野山に行って見ようと思い立つのですね。
司馬遼太郎さんは空海を世界一頭の良い人と評しています。
空海が長安の都に入り、高名な恵果阿闍梨に教えをこうたのは余りにも有名な話ですね。
初対面の空海に6月には胎蔵界の灌頂を、7月には金剛界の灌頂を、8月には阿闍梨位の伝法灌頂を
矢継ぎ早に行ったそうです。全部教えを乞うのに、何十年もかかるというのに。
千人以上の弟子の中で空海一人に自分の命をかけて授けると言うのは
運命、もしくは奇跡でしょうね。
こののち空海は急ぎ日本に戻りますが、これが最後の遣唐使の派遣
しかも、空海はまだ一年以上唐にいなければいけないのに、強行してかえってきます。
その後、恵果も亡くなって仕舞います。
しかし、こういう事実を中國の人はどう思っているのでしょうね。
空海
と探してみました。
高村さんは阪神淡路大震災に遭いました。
そして、東日本大震災の後3年後に福島に入る事が許された事をキッカケに
空海の周辺を探ってみようとの思いに駆られたようです。
『・・・長らく、近代理性だけで生きてきた人間が人間の理性を超えたもの、言葉で言い当てる事が
出来ないものに直面し、その事を身体に刻んだ。
以来、手探りで仏教書をひもとき、仏とは何かと考え続けて、今日に至っているが、それでも、信心
なるものには今なお手が届かない。』
そんな訳で、高野山に行って見ようと思い立つのですね。
司馬遼太郎さんは空海を世界一頭の良い人と評しています。
空海が長安の都に入り、高名な恵果阿闍梨に教えをこうたのは余りにも有名な話ですね。
初対面の空海に6月には胎蔵界の灌頂を、7月には金剛界の灌頂を、8月には阿闍梨位の伝法灌頂を
矢継ぎ早に行ったそうです。全部教えを乞うのに、何十年もかかるというのに。
千人以上の弟子の中で空海一人に自分の命をかけて授けると言うのは
運命、もしくは奇跡でしょうね。
こののち空海は急ぎ日本に戻りますが、これが最後の遣唐使の派遣
しかも、空海はまだ一年以上唐にいなければいけないのに、強行してかえってきます。
その後、恵果も亡くなって仕舞います。
しかし、こういう事実を中國の人はどう思っているのでしょうね。
2019年6月16日日曜日
2018年11月7日水曜日
新聞の切抜き
これが面白い。
とにかく来年どのような元号になるのか楽しみだけど、歴代の天皇の
御名前やその周辺の歴史、事情をしるのは楽しいではないか。
で、読む度に切り抜いてファイルに入れているのだけど、こんな事
に意味があるかと言うとないのですよね。それに、いずれ本になって
出版される、だけど、やらずにはいられない。
私の実家はビジネスホテルでした。毎日配達される5紙以上の新聞は
その内、新聞紙として焚き付けや、畳の部屋のゴミ集めに濡らして
千切って箒で集められるという運命を辿るのだけど、それにしても
多過ぎる。私は何時もこの大量の新聞の処理係りを任せられていた。
最初はただキチンと折って束ねて紐で縛るだけだったのだけど、活字に
興味が湧いて来て、その内、面白い記事は切り抜いて項目別に分ける
という習慣が出来てきた。
なんせ、大量の新聞だし、お客様によっては何でこんなにグシャグシャに
するのさ・・・と腹立たしい時もあって、ただ纏めるだけでも時間がかかる。
結果、手は新聞の活字によって、真っ黒になる。
最近は電車の中で新聞を読んでいるオジさんは皆無になったけど、しばらく
前はそんな人がいましたね。で、次の紙面に移る時キチンと移れるかどうか
がとっても気になっていました。
あ〜そんなに乱暴にやったら読みにくいでしょ・・・
我が家は今は夕刊は取らず、朝刊だけになっている。
時代は変わったというけれど、新聞の効用は大きいと思う。ネットで調べれば
なんでも分かるけど、自分に調べたいという語彙が無ければ、何事も動かない。
新聞は兎に角、様々な分野が載っている。興味のない事も載っている。
そして、え〜!・・・とか、ほお〜・・・とかいう項目が眼に入ってくる。
かくて世の中が見えてくる。
あのクロガネヒロシさんは買いたい本があるとその両隣の本もいっしょに
買うのだそうです。
つまりは広い世界を見てみたいと言うのでしょうかねえ。
悠久の天皇陵、世界で最も古く、今も続く日本の天皇の歴史が来年色々
動くのですねえ。
2018年4月20日金曜日
『私はフェルメール』
20世紀最大の贋作事件。
1945年の終戦によりナチスドイツが奪った美術品の数々が戻って来た。
その中から、なんとあのフェルメールの作品が数多く発見される。
一体これはどうしたことなのか、誰が関わったのか。
そこに名前が上がったのが、ファン・ハン・メーヘレンという美術教師。
彼は6週間もの間収監されている間にこれを言うべきか、否かに
悩まされます。
『イク・ベン・エン・フェルファルサー(私は贋作者です)』
この贋作という言葉にみな唖然として、信じません。著名な鑑定士も
これは本物だと疑わないのです。しかし、メーヘレンは本当に偽物を
描いた事を証明します。実際にみんなの前で描いてみせます。
そして、その贋作だという作品を今も有名な美術館は展示しています。
ボイマンス美術館には『エマオの食事』。
D・G・ファン・ビューニンゲン・コレクションの『最後の晩餐』
アムステルダム国立美術館所蔵の『キリストの足を洗う』
そして、贋作だとわかっていても、自分で所蔵しているコレクターも
多数います。
こんな数奇な運命に翻弄されてしまう彼の才能というのは何なのでしょうか。
普通に自分の絵を描いては売れないのでしょうね。メーヘレンは身持ちの悪い
男でした。そして、お金に困ってもいました。フェルメールの絵だという事で
高額のお金を稼ぐ事が出来ました。彼はアルコール、モルヒネ、タバコに
毒されていました。彼の類稀な才能が惜しい。単に美術教師で普通に貧乏な
人生でも良かったのでは・・・。彼の美術の時間にちょっと描いた鹿の絵が
余りに素晴らしいので、今もオランダの美術の教科書にのっているそうですね。
塩の話
毎月一回、通いつけのお医者さんで血圧を測るのだけど、今日は上が150を超えている。
サスガのお医者様も、え、っと思ったらしくもう一度測り直して、137でした。
実は名前を呼ばれる前まで、スマホでゲームの真っ最中。きっと、興奮してたのだろう
ねえ。
そういう事は言えないので、黙っていたのですが、
『ちょっと、血液検査をしておこうか』
と隣の部屋で血を抜かれてしまった。ショック。
案の定、美味いもの・・・と言おうか、味の濃い食事やお肉に偏った食事にシフトして
いたのが原因かも。そして、中性脂肪の値も150を超えて、要注意。
さて、塩の話し。
今日はラジオ深夜便で塩沼諒?潤さんの千日回峰行について聴きました。
その後100日の五穀断ち、塩断ち、8000枚の護摩札を書く、・・・という修行をするの
ですね。この塩断ちの意味は100日後に行われる火渡りにあります。
護摩札を焼いて、その上を裸足で渡らなければいけないのだそうです。火傷をしない・・・というその意味はおそらく塩が熱伝導を容易にすることから、塩断ちが有効という事で
しょうか。
以前、司馬さんの『俄か』という本の中に刑罰として、囚人に塩抜きの罰を与える・・・
というのがあったように思います。塩を抜かれると人は何とも頼りなくなり、フニャフニャに成るのでしょうかね。そう言えば、人間の血液って、舐めると『塩っぱい』ですよね。
iPadから送信
2018年3月31日土曜日
国を救った数学少女
外国人の感性、文化、地理上の生活の違い、食べ物、発想の原点は何処にあるのか。
そう言った事柄に触れてみたくなって、この本を手に取ってみました。
最近よく言われている、本屋さんが読んでみて面白かった・・・という『本屋大賞』。
この本はその翻訳小説部門第2位を取りました。
スエーデンの作家『ヨナス・ヨナソン』さんの書いた本ですが、最近、よく行く
『IKEA』で洗脳されているのかも知れませんね。スエーデンについて、ちょっとだけ
知りたくなったなんて。
兎に角、出てくる名前が変。舞台は南アフリカの難民の住むヨハネスブルグ。
し尿処理場で働く女の子、ノンベコ・イエ~キ。この天才数学少女がいかにして、
絶望的なこの環境から逃げ出し、スエーデンの国王や首相と渡り合い、国を原子爆弾
から守ったかが描かれています。この後どうなるの・・・と先が気になって、あっと
いう間に最終章。もっとゆっくり読めば良かったですね。そして、この本にはその時代
の背景になる、その時代の政治家の名前がたくさん出てきます。
特にスエーデンの王様のカール16世グスタフ王は今も実際に王様で、とてもチャーミング
な王様だと言うのは本当らしいし、首相のラインフェルトさんは掃除好きに書かれて
いますが、実際『キッチンが綺麗だと落ち着く』とインタビューで語っているそう
ですから、そうなんでしょう。現在は退任しておられるそうですが。
ネルソン・マンデラや胡錦濤さんのエピソードも面白いですし、ロシアのブレジネフ、
アンドロポフ、チェルネンコ、ゴルバチョフの移り変わり、中国の鄧小平、毛沢東、
周恩来のかなり楽しい?エピソードが散りばめられていて、同時代に生きている私に
とっては、そうだった、そうだったと歴史を辿る事もできました。
勿論、奇想天外な内容ですから、それ程信じる事は出来ませんが、にしても充分楽しめ
ますね。そして、このノンベコがピンチをチャンスに変える戦略が楽しいですね。
塩の効用
最近、またぞろ「美味いものが好き」が高じて味が濃いものや、お肉料理が増えてきている。いけないなあ〜とは思うのだけどヤメラレナイ。
毎月一回、通いつけのお医者さんで血圧を測るのだけど、今日は上が150を超えている。
サスガのお医者様も、え、っと思ったらしくもう一度測り直して、137でした。
実は名前を呼ばれる前まで、スマホでゲームの真っ最中。きっと、興奮してたのだろう
ねえ。
そういう事は言えないので、黙っていたのですが、
『ちょっと、血液検査をしておこうか』
と隣の部屋で血を抜かれてしまった。ショック。
案の定、美味いもの・・・と言おうか、味の濃い食事やお肉に偏った食事にシフトして
いたのが原因かも。そして、中性脂肪の値も150を超えて、要注意。
さて、塩の話し。
今日はラジオ深夜便で塩沼諒?潤さんの千日回峰行について聴きました。
その後100日の五穀断ち、塩断ち、8000枚の護摩札を書く、・・・という修行をするの
ですね。この塩断ちの意味は100日後に行われる火渡りにあります。
護摩札を焼いて、その上を裸足で渡らなければいけないのだそうです。火傷をしない・・・というその意味はおそらく塩が熱伝導を容易にすることから、塩断ちが有効という事で
しょうか。
以前、司馬さんの『俄か』という本の中に刑罰として、囚人に塩抜きの罰を与える・・・
というのがあったように思います。塩を抜かれると人は何とも頼りなくなり、フニャフニャに成るのでしょうかね。そう言えば、人間の血液って、舐めると『塩っぱい』ですよね。
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2018年1月28日日曜日
前回の後半。
前回の写真をあげた所できれてしまいました。
で、前回の続きを送ります。
ーーーーーーーー
いました。
でもね、この天気に出て行って、死ぬ訳じゃないし、なんか2〜3日前に報道番組で、
今マイナス37度とかいって、記者の方が現地取材をしていたのを観たばかり。
記者の方と70過ぎの私と同等に考えるのもなんだけど、そうでも考えない限り、
明日の、ワザワザ外出する自分の行動を正当化出来ない。
てな訳で、意気揚々?と、朝の8時過ぎの中央線メチャ混みの中に無謀にも
突入していったわけです。
で、ここから、アドラーさんです。
今の私にまさに『天からの啓示』のようなメッセージが書いてありました。
例文が今の私の悩みそのまま。
アドラーの解釈はこう。
『課題の分離』はあなたを解放する。
相手の機嫌を損ねたくないばかりにシブシブ参加する。しかし、それを断った事に
より、相手がどの様に感じるかは相手の課題である。
人はひとり、一人、人それぞれ、相手の人生まで必要以上に抱え込まなくても良い。
・・・という考え方。
これはそのまま受け入れる訳にはいかないという方もおられるでしょうが、はたして
どうかな。
iPadから送信
アドラーの心理学、再開。
を考えている自分がいる。その時、目についたのが、このアドラーの心理学の本。
1ページを開いて見ると、1996年6月17日と開きの後ろのページに書き込んである。
昔からの癖でその時の日付を書いてしまう。
これは結構、役にたちますね。今、この書き込みを見て当時を回想出来るのも、
一興では有りませんか。これは家の中で使う家電にも同じ事が言える。
買った日付をその器具に書き込んで置くと、何年使っているかが、一目瞭然。これは
実家の母がやっていた事を踏襲したのですが。
さて、アドラーの心理学です。
先日、ひょんなことから『国立スポーツ科学センター』という所に行って来ました。
私とスポーツ、およそ関係が薄いのに、何故行ったかと云うと、誘って下さった方が
山のグループの一人であり、断れない事情がゴシャマンとあって、書ききれないので、
ここでは省きます。
で、この日気象庁は『平成になって、初めて記録する寒さ、不要、
不急の方は外出はなさらない方がいいです。』とかなんとか、余計な事を言って
いるし。あ〜、どうしよう寒いのは苦手だし、家でヌクヌクしていたいのに。
スポーツなんて興味無いし。この時ばかりは誘ってくだすった方を心の中で罵倒し
倒し、呪っても
2018年1月22日月曜日
『おら、おらで、ひとりいぐも』
故郷を飛び出して、50年。住み込みのアルバイトをしている時に後の夫と
なるべき周造と出会い、子供を二人もうけ、社会に送り出し、そして、今、周造を
見送って、一人になった桃子さんが毎日のように思う事は
『おらはひとりだ』という事。
そして、ここに来て後悔の念に絡め取られる。娘に対して、息子に対して、そして、夫
周造の不調に気づいてあげられなかったことへの自責の念。あんなに好きでたまらなかった
夫なのに、気づいてみれば今自分は一人を楽しんでもいる。人は結局、一人で身勝手なんだと
気がつき、尚もこの事に苛まれる桃子さん。
考えてみれば、後悔のない人生なんてない。ここに出て来る桃子さんは私達のそのままの姿なんでしょうね。
『あの時におらは分がってしまったのす。死はあっちゃにあるのではなぐ、
おらどのすぐそばに息を潜めで待っているのだすごどが。』
我々の年代の人間なら、誰でも考えること。終末までの期間をどう過ごすべきか。
そんな事を考えながら、朝起きて、新聞を取りにいったら、あの有名な論客の
西部邁さんが『自裁死』を遂げたそうですね。あの西部邁さんらしい。
『他人に死を弄ばされるなら、自分で死にたい』と常々周りの人に言っていたそうです。
ご冥福をお祈り致します。本当の意味で、民主主義を訴えていた人でした。
iPadから送信




