若い人が感じている「生きづらさ」は内田さんによれば、若い人が『正しい位置にいない』
事で生じる心身の歪みがもたらす詰まりや痛みだと言っています。
詰まりや痛みを感じない場所とは
「自分が機嫌良く居られる場所」を見つける事。
そこに居ると、次の動きについての選択肢が多く、可動域が広い場所であるという事。
「気持ちの良いポジション」と言うのは身体の中に生じる強張り、詰まり、ゆるみ、
ずれ、痛みと言った違和感や不快感を順番に消していって、「ギアがニュートラルに
入ったような感じ」だとおっしゃっています。
このような状態はつまり、自分は何が好きで、何をしていたら、生きている感じが
するのか、自分らしく生きることの勧めなんでしょうね。そのためにはいろいろなこと
を試す、自分が好きな事を先んじてやっている先輩に聞いてみる。その為にはどんな
訓練が要るのか、やってみる。
機嫌良く生きられる場所ってどんなところか、考えるのは大切なんですね。
さて、果たして私はどうなんだろうな・・・。
Acousphere Live 2016.10.11 吉祥寺Star Pine's Cafe
2016年10月11日(火曜) 吉祥寺スターパインズカフェにてスペシャルライブイベント「Acousphere with Friends」を開催します! Acousphere Recordに所属するアーティストが一同に集うライブをお楽しみください!
日にち:2016年10月11日(火曜)
場所:吉祥寺スターパインズカフェ 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 B1
出演:Acousphere / Acoustic Sound Organization / Aerial / Sonascribe
時間:Open 18:00 / Start 19:00
前売り ¥3,900+1drink / 当日 ¥4,900円+1drink
詳細はこちらをご覧下さい!
2020年2月7日金曜日
2020年1月29日水曜日
司馬遼太郎『三浦半島記』
三浦半島と言えばやはり鎌倉でしょうね。
貴族文化が終わり、武士が台頭して来て、鎌倉幕府が開かれる頃、
仏教も奈良、平安の時代の豪華なものから、誰にでもわかる、救済される
簡潔で、直截で、勁いものとなった・・・と司馬さんは仰っています。
法然、親鸞、一遍、日蓮、英西、道元さん
仏像も今までのような嫋やかなものから、強い、強面の仏像に変わってきます。
仁王像などはこの時代のものなんでしょうねえ。
私は以前、熱海の梅園に行った時、そこの一角にある美術館に行ってみました。
そこに美術館があるなどとは思っても見なかったのですが、案外そういう時って、
思わぬ感動がまっているものなんですね。
以前から気になっていたんです。
『役小角』
読むのはエンのオズヌ
鎌倉時代の修験者。この人の大きい木彫り?の像が部屋の真ん中に座していて、
圧倒的な存在感をはなっていました。確か有名な彫刻家の作品だと書いて
あったのですが、お名前は忘れてしまいました。
また、この役小角に逢いに行ってみたいな。
iPadから送信
貴族文化が終わり、武士が台頭して来て、鎌倉幕府が開かれる頃、
仏教も奈良、平安の時代の豪華なものから、誰にでもわかる、救済される
簡潔で、直截で、勁いものとなった・・・と司馬さんは仰っています。
法然、親鸞、一遍、日蓮、英西、道元さん
仏像も今までのような嫋やかなものから、強い、強面の仏像に変わってきます。
仁王像などはこの時代のものなんでしょうねえ。
私は以前、熱海の梅園に行った時、そこの一角にある美術館に行ってみました。
そこに美術館があるなどとは思っても見なかったのですが、案外そういう時って、
思わぬ感動がまっているものなんですね。
以前から気になっていたんです。
『役小角』
読むのはエンのオズヌ
鎌倉時代の修験者。この人の大きい木彫り?の像が部屋の真ん中に座していて、
圧倒的な存在感をはなっていました。確か有名な彫刻家の作品だと書いて
あったのですが、お名前は忘れてしまいました。
また、この役小角に逢いに行ってみたいな。
iPadから送信
2020年1月23日木曜日
『1Q84』の「青豆」
作家さんと言うのは登場人物やお店の名前のつけ方が実に上手いですねえ。
村上春樹さんの小説のなかのバーの名前は『麦頭』。実に上手い。
それでも、村上春樹さんの作品の中の名前で苦手なのが、ネズミ。
出て来る人物の名前が『ネズミ』と言うのはチョット落ち着かない。
今までで、
思わず笑ってしまったのが、よしながふみさんの『ニセたんデパート』
言わずと知れた伊勢丹のことと思うのですが。可笑しくておかしくて、周りの人
を、ド突いて顰蹙を買った覚えがあります。
名前の効果と同じように比喩の上手い作家も良いですね。
村上春樹さんは比喩の天才、レイモンド・チャンドラーさんに学んだと仰っています。
『比喩と言うのは意味性を浮き彫りにするための落差である。
・・・ここでストンと上手く落差を与えておけば、読者はハッとして目がさめるだろうと
読者を眠らせる訳にはいかないからここで、適当な比喩を持って来る訳。
文章にはそういうサプライズが必要なんです。』
羊をめぐる冒険でも『羊男』と言うのがでてくる。
一体コイツはどんな奴なんだと頭がグラグラした事を覚えていますね。
想像力のない私にはどういう人物像を描いたら良いのか戸惑ってしまった。
村上春樹さんの小説のなかのバーの名前は『麦頭』。実に上手い。
それでも、村上春樹さんの作品の中の名前で苦手なのが、ネズミ。
出て来る人物の名前が『ネズミ』と言うのはチョット落ち着かない。
今までで、
思わず笑ってしまったのが、よしながふみさんの『ニセたんデパート』
言わずと知れた伊勢丹のことと思うのですが。可笑しくておかしくて、周りの人
を、ド突いて顰蹙を買った覚えがあります。
名前の効果と同じように比喩の上手い作家も良いですね。
村上春樹さんは比喩の天才、レイモンド・チャンドラーさんに学んだと仰っています。
『比喩と言うのは意味性を浮き彫りにするための落差である。
・・・ここでストンと上手く落差を与えておけば、読者はハッとして目がさめるだろうと
読者を眠らせる訳にはいかないからここで、適当な比喩を持って来る訳。
文章にはそういうサプライズが必要なんです。』
羊をめぐる冒険でも『羊男』と言うのがでてくる。
一体コイツはどんな奴なんだと頭がグラグラした事を覚えていますね。
想像力のない私にはどういう人物像を描いたら良いのか戸惑ってしまった。
2020年1月22日水曜日
木兎は黄昏に飛びたつ
川上未映子さんが、初めてインタビューに挑戦して、村上春樹さんに色々聞いている。
とても心地よい、濃厚なお話しが聞けておもしろかった。
川上未映子さんも流石に文章を書く方だけに言葉の選択が研ぎ澄まされていて、聴きどころ
が立派。お若いのに、頭の良い人というのは洗練されているのだなあと感心しきりでした。
村上春樹さんも同じ作家の川上さんに真摯にこたえられていました。
中でも、
ジョイスの『イマジネーションとは記憶のことだ』という言葉を引用して、意識したものも、
意識しなかったものも一かたまりづつそれぞれキャビネットにドンドンはいっていくのだと
仰る。それを創作の時に引き出す・・・というより自然に出て来る。
書く人も書かない人も実はキャビネットをちゃんともっている。
けれど、ある程度、年を重ねないとキャビネットの数がふえないのでは・・・とも、凡人の
私には思えるけど、若くても鋭い感性とか審美眼とでも言うのだろうか、キチンと考える癖が
ないと大したキャビネットになり得ないのではと思う。
チョット話がそれるけど、随分前に向田邦子さんのエッセイの中に『引出し』と言うのがあって、
中に『う』という項目がある。食いしん坊で有名だった向田邦子さんは美味い情報があると
必ず、メモをこの中に放り込んでおく。今ならスマホのメモに入れておくのだろうけど、
私も真似をして暫くそう言う箱を手元に置いておいた事があった。
私にはこの程度の
キャビネットしかおけないな。
とても心地よい、濃厚なお話しが聞けておもしろかった。
川上未映子さんも流石に文章を書く方だけに言葉の選択が研ぎ澄まされていて、聴きどころ
が立派。お若いのに、頭の良い人というのは洗練されているのだなあと感心しきりでした。
村上春樹さんも同じ作家の川上さんに真摯にこたえられていました。
中でも、
ジョイスの『イマジネーションとは記憶のことだ』という言葉を引用して、意識したものも、
意識しなかったものも一かたまりづつそれぞれキャビネットにドンドンはいっていくのだと
仰る。それを創作の時に引き出す・・・というより自然に出て来る。
書く人も書かない人も実はキャビネットをちゃんともっている。
けれど、ある程度、年を重ねないとキャビネットの数がふえないのでは・・・とも、凡人の
私には思えるけど、若くても鋭い感性とか審美眼とでも言うのだろうか、キチンと考える癖が
ないと大したキャビネットになり得ないのではと思う。
チョット話がそれるけど、随分前に向田邦子さんのエッセイの中に『引出し』と言うのがあって、
中に『う』という項目がある。食いしん坊で有名だった向田邦子さんは美味い情報があると
必ず、メモをこの中に放り込んでおく。今ならスマホのメモに入れておくのだろうけど、
私も真似をして暫くそう言う箱を手元に置いておいた事があった。
私にはこの程度の
キャビネットしかおけないな。
2020年1月19日日曜日
2019年9月12日木曜日
お寿司屋さん
昔から都市伝説のように言われてきたことだけれど、
『女の人は手が温かいから、寿司屋には向かない』
が、これって実は本当ではなさそうだ。
かなり昔に義理の妹とクッキー作りに挑戦している時、
小麦粉とバターを練っていたら、彼女のクッキーのタネは
見事にネチョネチョしてきて、型を作るところでは無くなった。
私は初めて自分の手が冷たいのだと分かった。
それ以来、生地を纏めて、型を作るのは私の仕事となった。
さて、今日の産経抄では面白い記事が載っていた。
出版社の社長が46歳で転身して実家の寿司屋を継ぐという。
出版という競争の激しい社会にあって、ここまで努力をして、
作り上げてきた会社を諦めて一からやり直しするこの決断の凄さ。
人はそんなにかんたんにリセット出来るものではないですよね。
でも、そんな荒波を超えてきた人だから、やり通せるのかもしれません。
この白形知津江さんにエールを贈りたいです。
頑張って下さい。
『女の人は手が温かいから、寿司屋には向かない』
が、これって実は本当ではなさそうだ。
かなり昔に義理の妹とクッキー作りに挑戦している時、
小麦粉とバターを練っていたら、彼女のクッキーのタネは
見事にネチョネチョしてきて、型を作るところでは無くなった。
私は初めて自分の手が冷たいのだと分かった。
それ以来、生地を纏めて、型を作るのは私の仕事となった。
さて、今日の産経抄では面白い記事が載っていた。
出版社の社長が46歳で転身して実家の寿司屋を継ぐという。
出版という競争の激しい社会にあって、ここまで努力をして、
作り上げてきた会社を諦めて一からやり直しするこの決断の凄さ。
人はそんなにかんたんにリセット出来るものではないですよね。
でも、そんな荒波を超えてきた人だから、やり通せるのかもしれません。
この白形知津江さんにエールを贈りたいです。
頑張って下さい。
2019年8月20日火曜日
空海
久し振りに高村薫さんの『少女A』を読んで、この人が空海について書いた本があったな
と探してみました。
高村さんは阪神淡路大震災に遭いました。
そして、東日本大震災の後3年後に福島に入る事が許された事をキッカケに
空海の周辺を探ってみようとの思いに駆られたようです。
『・・・長らく、近代理性だけで生きてきた人間が人間の理性を超えたもの、言葉で言い当てる事が
出来ないものに直面し、その事を身体に刻んだ。
以来、手探りで仏教書をひもとき、仏とは何かと考え続けて、今日に至っているが、それでも、信心
なるものには今なお手が届かない。』
そんな訳で、高野山に行って見ようと思い立つのですね。
司馬遼太郎さんは空海を世界一頭の良い人と評しています。
空海が長安の都に入り、高名な恵果阿闍梨に教えをこうたのは余りにも有名な話ですね。
初対面の空海に6月には胎蔵界の灌頂を、7月には金剛界の灌頂を、8月には阿闍梨位の伝法灌頂を
矢継ぎ早に行ったそうです。全部教えを乞うのに、何十年もかかるというのに。
千人以上の弟子の中で空海一人に自分の命をかけて授けると言うのは
運命、もしくは奇跡でしょうね。
こののち空海は急ぎ日本に戻りますが、これが最後の遣唐使の派遣
しかも、空海はまだ一年以上唐にいなければいけないのに、強行してかえってきます。
その後、恵果も亡くなって仕舞います。
しかし、こういう事実を中國の人はどう思っているのでしょうね。
と探してみました。
高村さんは阪神淡路大震災に遭いました。
そして、東日本大震災の後3年後に福島に入る事が許された事をキッカケに
空海の周辺を探ってみようとの思いに駆られたようです。
『・・・長らく、近代理性だけで生きてきた人間が人間の理性を超えたもの、言葉で言い当てる事が
出来ないものに直面し、その事を身体に刻んだ。
以来、手探りで仏教書をひもとき、仏とは何かと考え続けて、今日に至っているが、それでも、信心
なるものには今なお手が届かない。』
そんな訳で、高野山に行って見ようと思い立つのですね。
司馬遼太郎さんは空海を世界一頭の良い人と評しています。
空海が長安の都に入り、高名な恵果阿闍梨に教えをこうたのは余りにも有名な話ですね。
初対面の空海に6月には胎蔵界の灌頂を、7月には金剛界の灌頂を、8月には阿闍梨位の伝法灌頂を
矢継ぎ早に行ったそうです。全部教えを乞うのに、何十年もかかるというのに。
千人以上の弟子の中で空海一人に自分の命をかけて授けると言うのは
運命、もしくは奇跡でしょうね。
こののち空海は急ぎ日本に戻りますが、これが最後の遣唐使の派遣
しかも、空海はまだ一年以上唐にいなければいけないのに、強行してかえってきます。
その後、恵果も亡くなって仕舞います。
しかし、こういう事実を中國の人はどう思っているのでしょうね。
空海
久し振りに高村薫さんの『少女A』を読んで、この人が空海について書いた本があったな
と探してみました。
高村さんは阪神淡路大震災に遭いました。
そして、東日本大震災の後3年後に福島に入る事が許された事をキッカケに
空海の周辺を探ってみようとの思いに駆られたようです。
『・・・長らく、近代理性だけで生きてきた人間が人間の理性を超えたもの、言葉で言い当てる事が
出来ないものに直面し、その事を身体に刻んだ。
以来、手探りで仏教書をひもとき、仏とは何かと考え続けて、今日に至っているが、それでも、信心
なるものには今なお手が届かない。』
そんな訳で、高野山に行って見ようと思い立つのですね。
司馬遼太郎さんは空海を世界一頭の良い人と評しています。
空海が長安の都に入り、高名な恵果阿闍梨に教えをこうたのは余りにも有名な話ですね。
初対面の空海に6月には胎蔵界の灌頂を、7月には金剛界の灌頂を、8月には阿闍梨位の伝法灌頂を
矢継ぎ早に行ったそうです。全部教えを乞うのに、何十年もかかるというのに。
千人以上の弟子の中で空海一人に自分の命をかけて授けると言うのは
運命、もしくは奇跡でしょうね。
こののち空海は急ぎ日本に戻りますが、これが最後の遣唐使の派遣
しかも、空海はまだ一年以上唐にいなければいけないのに、強行してかえってきます。
その後、恵果も亡くなって仕舞います。
しかし、こういう事実を中國の人はどう思っているのでしょうね。
と探してみました。
高村さんは阪神淡路大震災に遭いました。
そして、東日本大震災の後3年後に福島に入る事が許された事をキッカケに
空海の周辺を探ってみようとの思いに駆られたようです。
『・・・長らく、近代理性だけで生きてきた人間が人間の理性を超えたもの、言葉で言い当てる事が
出来ないものに直面し、その事を身体に刻んだ。
以来、手探りで仏教書をひもとき、仏とは何かと考え続けて、今日に至っているが、それでも、信心
なるものには今なお手が届かない。』
そんな訳で、高野山に行って見ようと思い立つのですね。
司馬遼太郎さんは空海を世界一頭の良い人と評しています。
空海が長安の都に入り、高名な恵果阿闍梨に教えをこうたのは余りにも有名な話ですね。
初対面の空海に6月には胎蔵界の灌頂を、7月には金剛界の灌頂を、8月には阿闍梨位の伝法灌頂を
矢継ぎ早に行ったそうです。全部教えを乞うのに、何十年もかかるというのに。
千人以上の弟子の中で空海一人に自分の命をかけて授けると言うのは
運命、もしくは奇跡でしょうね。
こののち空海は急ぎ日本に戻りますが、これが最後の遣唐使の派遣
しかも、空海はまだ一年以上唐にいなければいけないのに、強行してかえってきます。
その後、恵果も亡くなって仕舞います。
しかし、こういう事実を中國の人はどう思っているのでしょうね。
2019年6月16日日曜日
2018年11月7日水曜日
新聞の切抜き
今、産経新聞で『悠久の天皇陵』という記事を掲載している。
これが面白い。
とにかく来年どのような元号になるのか楽しみだけど、歴代の天皇の
御名前やその周辺の歴史、事情をしるのは楽しいではないか。
で、読む度に切り抜いてファイルに入れているのだけど、こんな事
に意味があるかと言うとないのですよね。それに、いずれ本になって
出版される、だけど、やらずにはいられない。
私の実家はビジネスホテルでした。毎日配達される5紙以上の新聞は
その内、新聞紙として焚き付けや、畳の部屋のゴミ集めに濡らして
千切って箒で集められるという運命を辿るのだけど、それにしても
多過ぎる。私は何時もこの大量の新聞の処理係りを任せられていた。
最初はただキチンと折って束ねて紐で縛るだけだったのだけど、活字に
興味が湧いて来て、その内、面白い記事は切り抜いて項目別に分ける
という習慣が出来てきた。
なんせ、大量の新聞だし、お客様によっては何でこんなにグシャグシャに
するのさ・・・と腹立たしい時もあって、ただ纏めるだけでも時間がかかる。
結果、手は新聞の活字によって、真っ黒になる。
最近は電車の中で新聞を読んでいるオジさんは皆無になったけど、しばらく
前はそんな人がいましたね。で、次の紙面に移る時キチンと移れるかどうか
がとっても気になっていました。
あ〜そんなに乱暴にやったら読みにくいでしょ・・・
我が家は今は夕刊は取らず、朝刊だけになっている。
時代は変わったというけれど、新聞の効用は大きいと思う。ネットで調べれば
なんでも分かるけど、自分に調べたいという語彙が無ければ、何事も動かない。
新聞は兎に角、様々な分野が載っている。興味のない事も載っている。
そして、え〜!・・・とか、ほお〜・・・とかいう項目が眼に入ってくる。
かくて世の中が見えてくる。
あのクロガネヒロシさんは買いたい本があるとその両隣の本もいっしょに
買うのだそうです。
つまりは広い世界を見てみたいと言うのでしょうかねえ。
悠久の天皇陵、世界で最も古く、今も続く日本の天皇の歴史が来年色々
動くのですねえ。
これが面白い。
とにかく来年どのような元号になるのか楽しみだけど、歴代の天皇の
御名前やその周辺の歴史、事情をしるのは楽しいではないか。
で、読む度に切り抜いてファイルに入れているのだけど、こんな事
に意味があるかと言うとないのですよね。それに、いずれ本になって
出版される、だけど、やらずにはいられない。
私の実家はビジネスホテルでした。毎日配達される5紙以上の新聞は
その内、新聞紙として焚き付けや、畳の部屋のゴミ集めに濡らして
千切って箒で集められるという運命を辿るのだけど、それにしても
多過ぎる。私は何時もこの大量の新聞の処理係りを任せられていた。
最初はただキチンと折って束ねて紐で縛るだけだったのだけど、活字に
興味が湧いて来て、その内、面白い記事は切り抜いて項目別に分ける
という習慣が出来てきた。
なんせ、大量の新聞だし、お客様によっては何でこんなにグシャグシャに
するのさ・・・と腹立たしい時もあって、ただ纏めるだけでも時間がかかる。
結果、手は新聞の活字によって、真っ黒になる。
最近は電車の中で新聞を読んでいるオジさんは皆無になったけど、しばらく
前はそんな人がいましたね。で、次の紙面に移る時キチンと移れるかどうか
がとっても気になっていました。
あ〜そんなに乱暴にやったら読みにくいでしょ・・・
我が家は今は夕刊は取らず、朝刊だけになっている。
時代は変わったというけれど、新聞の効用は大きいと思う。ネットで調べれば
なんでも分かるけど、自分に調べたいという語彙が無ければ、何事も動かない。
新聞は兎に角、様々な分野が載っている。興味のない事も載っている。
そして、え〜!・・・とか、ほお〜・・・とかいう項目が眼に入ってくる。
かくて世の中が見えてくる。
あのクロガネヒロシさんは買いたい本があるとその両隣の本もいっしょに
買うのだそうです。
つまりは広い世界を見てみたいと言うのでしょうかねえ。
悠久の天皇陵、世界で最も古く、今も続く日本の天皇の歴史が来年色々
動くのですねえ。
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