『酔って候』を
読み返してみて、
やっぱり面白いですね。
今回は徳川慶喜が大政奉還
をした後に開かれた小御所会議
で山内容堂が岩倉具視や大久保利通
にどのように言葉尻を捉えられて
引き下がったか、をまるで観ている
ような臨場感で描き出している
ところが面白かった。
容堂は火消し人足のような啖呵を
きるような男でいつでも酔っている。
この日は馬で駆け付け、厠で3度吐いて
正気を取り戻し、
『幼冲の天子を擁し奉って、政権を
欲しいままにするとは何事ぞ!』
と一堂を震えあがらせるのだが、
岩倉具視もただの公家ではない。
貧乏時代に博徒に屋敷を貸して
テラ銭をとっていたというツワモノ。
一旦、休憩して、西郷に相談した。
『こういう時はただ、短刀一本
あれば事足りる』と言ったとか。
そして、これを聞いた容堂は以後
おとなしく引き下がったとか。
司馬遼太郎さんは言います。
これは革命である。
白昼堂々の正論では成立しない。
多少の非論理、飛躍、陰謀、虚喝の
有毒成分を必要とする。
で、今回、花火を中止したドコゾの市は
わずか20人ほどの苦情に屈して
中止したそうな。
福島復興支援の為に企画した
『花火大会』
を直前になって中止と決めたのだ
そうです。
色々な面から見れば意見はそれぞれの
賛否両論がでてくるでしょう。
でも、上に立つ人は物事成就の面では
計画する段階でどのような反対意見が
でてくるかに対して、ちゃんと理論武装を
するべきでしょう。
その位の準備が出来て居なくて
多額のお金を動かす事の責任をどのように
考えているのか。
権謀術数というのも必要なんだけどなあ。