Acousphere Live 2016.10.11 吉祥寺Star Pine's Cafe

2016年10月11日(火曜) 吉祥寺スターパインズカフェにてスペシャルライブイベント「Acousphere with Friends」を開催します! 
Acousphere Recordに所属するアーティストが一同に集うライブをお楽しみください!
日にち:2016年10月11日(火曜)
場所:吉祥寺スターパインズカフェ 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 B1
出演:Acousphere / Acoustic Sound Organization / Aerial / Sonascribe
時間:Open 18:00 / Start 19:00
前売り ¥3,900+1drink / 当日 ¥4,900円+1drink
詳細はこちらをご覧下さい!

2015年1月22日木曜日

近くの豊◯屋

『はい、お待ちどう!』
威勢良く運ばれて来た親子丼、デカ!
全部食べられないな・・・仕方がない、残す
しかあるまい。
歩き回っているうちに時刻は既に2時半。
家に帰って作って食べる・・・なんてことは
チョット無理そう。相棒には何か食べてくだ
さいと連絡して、初めて入った蕎麦屋さん。
私が最後の客らしく私と入れ替わりに出て行
った叔父さんがいなくなるとシーンと静かに
なった。
親子丼を食べていると、隣のテーブルの椅子
に誰かが座った。風が動いた。私に背を向け
てうなだれたようにしている。
疲れた〜という溜息が聞こえそうで、ある。
裏では壮年の御主人とお手伝いの40位と思し
きお姉さんが大声で話している。
『・・・ほら、パイレーツ・カリビアンの
ジョニー・デップって知ってる?』
『はいはい、ええ。結構見てます。』
・・・
『ダスティン・ホフマンはさあ、あの卒業っ
ていう映画で有名になったんだよ。音楽も
ハヤッテネエ。』
で、歌い始める、いやハミングし始める。
お客がいるなんて考えていないみたい・・・
『あのイージー・ライダーね。別にどうって
事ないスジだけど、あの最初の場面のオート
バイがさあ 〜、かっこよくてさあ 〜、俺、
乗りたくってさあ。』
『へえ、そうなんですかあ』
新人のお手伝いさんなのか必死に相手をして
いる様子。
ここも人手不足なんですねえ、側に座った
おばちゃんはどう見ても80代。もう、働くの
はきついのでしょうね。
私も早々に退散しなければ。
でも、お手伝いさんのなんと、声の綺麗な事
お勘定を払ってお釣りを頂いて、天は二物を
与えず・・・とは良く言ったものだと感心し
た。
しかし、このお店に入って外を眺めていると
自分がほとんど毎日のようにココを通って
いる事が不思議であり、ここのお店は4、50
年も前からこのようであった様で、迷宮に入
りこんだ気がした。たった、30分くらいで
あったと思うけど、異次元から抜け出てきた
ようだ。

2015年1月19日月曜日

『あなたに褒められたくて』高倉健

健さんにしては柔らかいタイトルだな、と
思いながら手に取ったのです。
柔らかいのは最後のエピソードの文章で、
お母さんに当てた文。
健さんがお亡くなりになってからラジオだっ
たか、を聞いていて、健さんのお母さんが肺
病の息子に一年間、毎日鰻を食べさせた・・
というお話を知りました。ここにもその
御礼の文がのっていましたが、さすがに
毎日はキツかった、だから、今でも鰻は食べ
ない・・・とか。
健さんにしては女々しいほどの母親への想い
が綴られています。どんな男性にもこの母親
への思慕は有るのだなと切なく思いました。
そして、図らずもyou-tubeで健さんの離婚話
を聞きました。そのまま信じる訳にはいきま
せんが、江利チエミさんを命がけで愛した事や、チエミさんの異母姉の不祥事の責任を
感じて、チエミさんの方から離婚を言い出し
た事。そして、そういう事を決して公にしな
かったこと。その後、決して再婚はしなかっ
たこと。
健さんらしい男気のある、だけど、寂しい
人生だったのですね。
この本には健さんのルーツとも言うべき鎌倉
の宝戒寺について詳しく書かれている。
ここには健さんの父方の御先祖である、
刈田式部大夫篤時(かつたしきぶのだいふ)北条篤時である事が過去帳に載っていると
住職によって明らかになった件があります。
一方、彼の先祖にあたる小田宅子(いえこ)
は諸国を巡って文章を残したらしく、その中
に善光寺詣りがあり、健さんはその因縁を
知らずに30年間毎年欠かさず、どんなに
スケジュールが合わない時でも、無理を言っ
て、ニューヨークからでも、南極からでも
帰って来て参拝した・・・というエピソード
が載っている。
因縁に導かれてというのもあるだろうけど、
どんなに忙しくても、無理でも善光寺詣りを
通した御自分の執念がこんな事に導かれて
いたのか、と驚嘆している処はヒトの世の
不思議をかんじますね。
健さん自身の文章もありますが、インタビュ
ーに答えているというような所もあり、寡黙
なヒトの生の声が、貴重な声が文章となって
収められています。
健さん、まだまだ亡くなられた事が信じられ
ません。

2015年1月17日土曜日

牡蠣と小松菜のバジルソース

昨晩は久しぶりのスパゲティ。
この季節にしか食べられない
『牡蠣と小松菜のスパゲティ』。
お店をやっている頃、この季節になると必ず
やって来るオバちゃん二人。姉妹のようにも
見えるし、友達とも思えるが、お店の前の
看板にこのメニューを書き出すと必ず1、2回
やって来る。
あとの季節は一切来ない。それはもう潔い
程の徹底ぶり。この二人の後ろにあるストーリー
に興味がありますねえ。
昔、イタリアに住んでいて、これに似たメニュー
を楽しみにしていた・・・とか。
彼女達の周りにこういうパスタをこよなく
愛していた人がいた・・・とか。
本当は料理人で、バジルソースに目がない・
・・とか。
けれども、一度も来たことが無いのに、この
時だけ嗅ぎつけて来る・・・というのは、
まだまだ、他のストーリーがありそうで、
裏に他の人物がいそうで、この季節、私は
妄想に浸るのが楽しみでした。
『相棒』の右京さんか、コナン・ドイルの
『シャーロック・ホームズ』にでもなって
カラカラと音がする頭を揺さぶって考える。
いやもう、しかし、このモヤモヤは一生
解決しないという不満が残ります。
牡蠣と小松菜のバジルソースは料理の本に
似たような物はありますが、一応このレシピ
は我が家の独自のモノなのですから、まだま
だ、疑問は膨らむばかり。
我が家の相棒は
『で、どう、思う?』
『う、うーん』・・・
ばかりで、いっこうに的を得ない。
ウマイ料理とワインがあればいいのでしょ。

2015年1月16日金曜日

闘うナウシカ爺さん その2

武田鉄矢さんは言います。
"老いは手強い"と。
誰でも通る道なのに、いざ向き合ってみると
手強い。
私も普段からもうそろそろだから・・・と言
いつつ、そんなに真剣ではなかったのかな
と思う瞬間があります。本当に死という現実
を感じた時に底なしの空間に引っ張り込まれ
るような絶望。形容し難い不安を感じる時
があります。
鉄矢さんはこの団塊の世代は何を残していけ
けるのかと疑問を投げかけます。
今は兎に角、子供を取り巻く環境が悪いの
なら、夕方辻々に我々は立とうではないか。
これがまず、第一の我々の使命。
そして、団塊世代は狭い国土に墓を増やして
も仕方がないから、1000人ほど集め樹木を
植えて、ここにお骨を埋葬する。
つまり、次世代に森を残そう・・・と言うの
が闘うナウシカ爺さんの第2の提案。
今、樹木葬に注目した人が沢山おられるそうで、一回目の公募にたくさんの人が殺到した
そうですね。武田さんは音楽仲間を集めて
これをやろうかと考えているそうですよ。
みんな感じることは同じなんですね。

黒豆茶

黒豆の効能を又、色々言う人が居る。
以前、この効能を聞いたのは歌手を生業にし
ている人から。喉を守る為に黒豆の煮汁を
飲んでいます・・・というお話しでした。
そう、あのお正月の定番の黒豆。
だから、甘い。で、これは余り長続きはしな
かった。
なんせ、甘いモノが苦手だったから。
で、今回は"黒豆茶"
産地の人は毎日黒豆を炒って煮出してお茶として飲んでいるそうです。
まず、効能はあの紅い色のポリフェノール。
血管を強くして、血流を促し、血栓を溶かす
まさに今私が必要としている効能ではありま
せんか。
で、100gを15分程炒って、1Lの水で煮出します。
濃い方が美味しいです。
これを2から3回に分けて毎朝飲んでいるので
すが、さて、毎朝食後に飲んでいる薬との
相関関係はどうなるのやら、薬は辞めたい
ですが、先日の河北病院の女医さんの剣幕
では"血栓が詰まり易いです。"と早口で、
まくしたてるので、そして、非常にお忙し
そうなので、聞けません。
さて、煮汁はいいのですが、毎回残る豆本体
これはご飯を炊く時に入れて"豆ご飯"にします。
これは美味しいです。むっちり、ホッコリ、
コクが出てウマイ。

2015年1月13日火曜日

小野リサのボサノバ

河北病院の検診の帰りに今日は歩いて帰ろうと中杉通りを通ってみた。
以前から『聖庵』というパン屋が気になって
入ってみる。
天然酵母のお店だそうで、いい香りが立ち込めている。
小野リサのボサノバが心地よく流れている。
そう言えばあのCD何処に在るのか。
紅茶を頂いて、たっぷりパンを買って青梅街道をユックリ帰ろう。

『人間の土地』サン・テグジュベリ

この本の書き出しはこうである。
『僕ら人間について、大地が、万巻の書より
多くを教える。理由は、大地が人間に抵抗す
るがためだ。人間というのは、障害物に対し
て、戦う場合に、初めて実力を発揮するもの
なのだ。』
この本を最初に訳したのは、かの有名な
堀口大学。
テグジュべりはあの有名な星の王子様の作者
であるが、この本は職業飛行家としての15年
間の豊富な体験の思い出を語ったものです。
彼は1944年7月31日、フランス解放戦争に従
軍中、偵察を目的に単身ライトニングに搭
乗、飛び立ったまま、地中海上で行方不明に
なった。
ナチスの戦闘機隊と遭遇し、多勢に無勢、追
撃されたものとしんじられている・・・そうです。
ここに、又、宮崎駿さんが空のいけにえ、と
題し、飛行機に対する専門的なお話しとその
時代の背景を語っておられます。
職業飛行家が終戦の後、郵便飛行家として、働かざるをえなかったこと。未熟な飛行機に
命を託すことの辛さと覚悟。
最近の宮崎駿さんのアニメにも出てくる飛行
機関連のエピソードや場面。特に面白いと
思ったのは『紅の豚』の飛行機工場の女達。
宮崎さんの実家が1000人もの従業員を抱え
る飛行機部品工場であったというのは納得
ですねえ。そして、そこがあの激しく空襲を
受けた宇都宮の工場であったというのは
驚きです。わたしはその宇都宮の生まれです
が、もっとその辺の話を母から聞いておけば
良かったと後悔しています。

この本の一番面白いところは砂漠での経験の
ところではないでしょうか。
ベドウインの部族に助けられたと書いてあり
ますが、行ったことのない私はあの壮大な
映画『アラビアのロレンス』を思い出していました。あのピーター・オテュールのロレンスがベドウインの王様役のオマーシャリフと
やり合う所などは秀逸でした。
読んでいる内に様々な夢をみさせてもらいました。面白かったです。

2015年1月9日金曜日

『村上海賊の娘』和田竜

去年から気になって本屋に行く度、買おう
かな・・・と思うのだけど、平積みされてい
るのには癖がある。それに、文庫化されてからでも良いかな・・・と考えていたのだけど
book-offに行ったら早くも売り出されていた
まっ、良いかなとレジへ持って行ってしまっ
た。

で、読み始めたのだがこれがイマイチ。半分は頑張った。でもダメ。
村上海賊というのは織田信長の時代、瀬戸内
海をわが庭のように行き来して、強さを誇っ
たらしいのですが、その生き生きとした、
ワクワク感が私には感じられず、挫折。
また、book-offかなあ。

姉妹の新年会

歌舞伎座を観にきた姉の発案で一緒にお昼を
食べようと言うのに付き合い、小田急ハルク
の大島で食事会。
流石に空いていましたが、我らが終わる頃に
は8割程度の混み合い、結構いるのですねえ

加賀料理と言うのでしょうか、お吸い物の
代わりに治部煮のお椀を頼みました。
熱々をフーフーしながら飲みたかった・・・
というのは我が儘かな。ぬるいのが気になり
十分に堪能とはいきませんでした。でもお魚が美味しく2番手に出てきた鯛の昆布締めが
3切れ入ったサラダは絶品。いわゆる、カル
パッチョ。
小田急ハルクは以前インテリア部門が優れて
いて、仕事帰りによく立ち寄っては眼を肥や
していました。
今はビックカメラが入って、ツマラナイ空間
になってしまって此処にも時代の移り変わり
が現出しています。
『時代ですよ・・・』というため息があちこ
ちに吹き出しのように浮かんでいるよう。
今まであった昔ながらのお店が後継者がなく
閉店し、いずれ誰かが其処を壊して新しく
する。若しくは、其の儘朽ち果てる。
そうして、街並みが変わっていく。その変わ
って行く・・・が余り歓迎されない事のなんと多いことか。
住宅街ではコンビニがたつ。もう要らない。
銀座にマツキヨが出来る・・・。
言いたくないが『げっ!!!!』である。
みんなもっと、頑張ろうよ。

2015年1月8日木曜日

雨の風景

昨夜は10時頃に寝床に入ったにも拘わらず、
ぐっすりだったのか、目が覚めて時間を見る
と既に6時を過ぎていた。
昨年からの習慣である5時起きをこの年末の
忙しさで、ともすると8時に慌てて起きだす
事が続いていました。まあね、年末に若い
人たちとの中国語研究会に勤しんでいたのも
有りますが・・・。

今朝は雨の音と共に目が覚めた。雨がしとし
と・・・というのは情緒があっていい。
まだまだ布団の中でウダウダというのも良い
雨の日というのは心が落ち着く。人との付き
合いで時々カサついたり、ささくれだったり
するけど、雨は流し去ってくれる。
勿論、家でぬくぬくしながら雨を眺める・・
という条件つきだけど。
というような事は昔から多くの文人がお定ま
りのようにモノの本に書いていますね。
でもこれって、日本人特有なのでは・・・。
日本は本当に湿度の多い国。
小糠雨や、五月雨などの素敵な雨の表現が多
いのもそう。
画家の三岸節子さんが長いパリの生活を引き
払って船で日本に帰ってきた時も
『ああ、あの乾燥した風土でのあの明るい色
はもう出ないな。日本は霧に靄っている。
あの明るい色はもう出ない。』
正確ではありませんけど、このような事を
書いていたと思います。

今年の冬は雨が多いのでは。
今年の私は冬特有の乾燥に余り悩まされる事
がない。
毎年のように部屋が乾燥して、喉が痛い・・という悩みからも解放されている。
早めに買った加湿器も余り活躍していない。とは私だけの感想で、喉が痛い、咳が出る、
熱が出たという人が私の周りにたくさんいるそれもかなり長い間風邪に罹患していて、直
る気配がない。
良くもならず、悪くもならず・・・というの
が今年の特徴なんでしょうか。

黒豆が鍋の中で踊っている。カタカタ、カラ
カラ。そろそろ一時間。豆の香ばしいコクの
ある香りが部屋に充満している。
そろそろ8時。着替えてきたら、1日が始まり
ます。雨の日は家でコトコト煮物をする・・
というのも私の楽しみ。

2015年1月5日月曜日

近頃考える事

最近市川海老蔵さんのドキュメンタリーを観た。
中村勘九郎さんの兄弟のニューヨーク公演も
観た 。
歌舞伎役者の日々の鍛錬と技術を受け継ぐ人
の矜持を感じられ、良い番組だった。
これはどちらもテレビで観たのだが、何と言
っても今、便利で楽しいのはyoutubeである
最近の私のお好みは武田鉄矢の『今朝の三枚
おろし』。チョット難解なものもあるけど、
鉄矢さんの感じる面白くてという話題が私も
興味があるものと重なりあったからか今はこればかり聞いている。
朝の15分を一週間纏めてyoutubeに挙げられ
ているのをかたっぱしから見ている・・・というか聞いている。
難解だけど、武田鉄矢さんがちょっと 下世
話な感じで柔らかくしてくれているので気楽
に聞いているのだ。
そして、取り上げている本が面白そうだと感じるとamazonで取り寄せる。
なんだか、最近ただの小説に飽きてしまって
いるから新書系が多くなっている。
で、海老蔵さんのドキュメンタリーを観てい
たら、ドングリの 実を発芽させて森を作るという・・・宮脇昭さんの運動を子供たちに
啓発する形で進めている事がわかった。
昨年この宮脇昭さんの本を何冊か読んでいたので海老蔵さんがこういう運動に一枚噛んで
くれているのは嬉しい。
こういう有名人はやりたいと思ったら直ぐに
実行出来て、人を集める事が出来るのですね

この宮脇昭さんの運動を役所にまで届けるの
は大変だと細川護照さんが動き始めたという
のを読んだけど何処まで進んでいるのか・・
なにはともあれ、こう言う森を作ろうという
運動が細々ながらも動いているのは嬉しいで
すね。
で、折しも椿山荘で樹齢500年の椎木に出会
ったのは何かの因縁か。
今年はドングリを拾ってきて育ててみたい。

2015年1月4日日曜日

新年の椿山荘

ゆっくり時間を使ってホテルで食事をする・
・・みんなで良いね!と意見がまとまって、
早速車2台で出掛けました。
久し振りの椿山荘です。
寒かったけど、風もなく、穏やかな1日。
案の定、レストランは40分待ち。
その間にお庭の散策です。いつも食事の後に
ササッと回っていたものだから、裏口の川沿いの道が築地塀になっていて散歩に最適なん
て知らなかった。
ついでに美術館まであるとは・・・。
今回は横山大観の展示だそうです。
裏口に近いお庭にどっしりと鎮座している
御神木"椎の木"にも会う事ができました。
樹齢500年とか・・・。山縣有朋がここに居
を構える前から、ことの次第を眺めていたの
ですねえ。物も言わず、ジッとそこに500年
も佇んでいる・・・神がかった何かを考えて
しまいます。