Acousphere Live 2016.10.11 吉祥寺Star Pine's Cafe

2016年10月11日(火曜) 吉祥寺スターパインズカフェにてスペシャルライブイベント「Acousphere with Friends」を開催します! 
Acousphere Recordに所属するアーティストが一同に集うライブをお楽しみください!
日にち:2016年10月11日(火曜)
場所:吉祥寺スターパインズカフェ 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 B1
出演:Acousphere / Acoustic Sound Organization / Aerial / Sonascribe
時間:Open 18:00 / Start 19:00
前売り ¥3,900+1drink / 当日 ¥4,900円+1drink
詳細はこちらをご覧下さい!

2016年10月9日日曜日

前回の後半です。

前回どういう訳か、後半の部分が切れてしまいました。
で、そこから書き直します。
 
 この人は悪性の貧血というチョット珍しい難病をもっている
そうで、病院に入院している時の事を書いた随筆にこんな描写が
あります。そして、病院ほど恐ろしいものはないと・・・書いて
います。偉い人なのに。
『深夜の病室とは得体のしれない音が起こっては広がる場所だ。
それは自分自身の肉体や精神の内部から起こってくるものらしい。
熱の上がり、下がりや、脈拍の緩急、熱と汗と痺れと耳鳴り、と
幻覚と幻聴、さらには揺れ動く、生と死に対し、身体と心が闘って
いる物音だ』と書いています。
 そして、やがて朝がくる。朝雲が東に走ってゆくという情景に
イメージが踊る。病床の上司さんの耳に美しい歌声が沸き起こる。
『オオ・ソレ・ミオ』という歌が聞こえてくる。
実は付き添いのオバちゃんによるとそれは、豆腐売りの声だと
後でわかるのである。
『おとーふ、よろーし』

 私は思う。
 夜の怖さは自分一人で闘わねばならない・・・という恐怖だろう。
しかし、看護婦さんの巡回の音や、なにかあれば、常駐している
お医者さんが駆けつけてくれるというのは大きな安心につながる。
実際、痛いと言えば、夜中でもなんらかの処置をしてもらえるという
のは有り難い。
今回、放射線治療を3週間に渡って、受けることになったのだが、
こういう時に読みたい文章に遭遇するというのはなんと言う僥倖か
ですねえ。

『街道をゆく』近江散歩

『街道をゆく』司馬遼太郎さんの24巻(近江散歩、奈良散歩)の265ページに
雑華の飾りという表題で『仏教とは何か』を大まかに論じている所があります。
(雑華の香り)
という言葉も凄いです。勿論司馬さんの造語でしょう。
釈迦が説いて、その後200年も経典としては編まれず、その巨大な思想的気分が
残されていた。その後あのシルクロードを渡って、人や物、宝石と共に中央
アジアを渡って、中国で初めて、『華厳経』として成り立つ。中央アジアの砂漠の
国に金髪碧眼の美女が多いのはこのせいである。
面白いですね。ワクワクしてしまいます。
このずっと後に空海や最澄が海を渡って、経典を持ち帰り、日本に広めるのですが、
何という壮大な歴史なんでしょう。司馬さんの『空海の風景』もまた面白いですね。

で、今回は次の項の『光耀の仏』に感動しました。
東大寺の上司海雲さんのこと。
この方は華厳宗の教学執事として、本来哲学や宗教の書に理解の届く境遇にいる。
それなのに、随筆集のなかでは実に虚飾の無い渾身の明るさがある。人間の弱さを
平たく肯定する心の佇まいだったと司馬さんはいいます。
それはどういうことなのか。
この人は悪性の貧血というチョット珍しい難病をもっている

Instagramはじめました。

最近Instagramを始めました。

ukulelesumikoで登録しています。

宜しく御願いします。

でも、ブログも辞める気はありません。

ちょっと間があいてしまいますが、もう少し続けようかな

と思っています。

2016年9月21日水曜日

『極楽飯店』雲黒斎

漫画家?のクロガネヒロシさんは博識で有名ですが、その博識の原点は
その行動に有るらしい。
本を買う時はその本を挟む右、左の本も一緒に購入して、読んでしまうらしいのです。
人はどうしても偏り勝ちですよね。勿論、何が悪い・・・と言われれば、〈イエ、何でも
ありません〉と引き下がるわけですけど、私などはね。
で、今回、本屋さんで目星を付けた本の隣にこの『極楽飯店』を見つけて、この福音とも
思える"天の声"を聞いちゃったもんだから、おもわず「これください」。

で、暫くほって置いたのだけど、1400円もしたんだし、とページをペラペラ・・・。
料理の話しなんてちっとも出て来ない。要は「人は死んだらどうなるか・」
そして、あの世はどうなっているか・・・とこの雲黒斎さんが考え出した世界が描き
出されています。
この雲黒斎さんは今流行のブログ作家。グラフィックデザイナーをしていたらしいですが、
セロトニン欠乏による記憶障害にかかり、突然、黄色いTシャツを着た守護霊とのコンタクト
が始まり、これをブログに書き始めました。
「あの世に聞いた、この世の仕組み」
これが極楽飯店。良く聞くあの世の話の1つにこんなのがありましたよね。
目の前に沢山のご馳走が有るのに、誰一人として其れを食べることが出来ない。
自分では食べられない長〜いお箸しかなく、欲の深い人間は其れを前の人に食べさせよう
とはしないから、骨と皮ばかりになっている・・・というこんな話。
で、主人公はどうしたか。 とまあ、こんな話で、現代版お伽話かなあ。

さて、クロガネヒロシさん。最近パラッと読んだ『韓中衰栄』(かんちゅうすいえい)
寒中水泳の書き間違いではなく、正に、韓国と中国の繁栄と衰退を書いています。
そして、伊藤博文が暗殺された事件についてかなり突っ込んだ考察をしていて、面白いですね。
実は、ハルピン駅での暗殺は安重根ではなかった、本当はロシア特務機関ではないか・・・。
その根拠をその時に使われた拳銃から考察していて実に面白いです。

2016年8月9日火曜日

《水寂び》と《潮寂び》

日々、司馬さんの造語力の凄さに圧倒されている私ですが、この
2つの言葉《ミズサビ》と《シオサビ》には思い入れがあって、ほお〜
という溜息がでてしまいます。
〈蘇州の美しさの第一は民家である。・・・城内の運河はいずれも
狭い。水に浸っている岸は、積み石で固められている。・・・
民家は運河の淵に密集している。どの民家も、白壁に暮らしの膏(あぶら)が
染み付いていて、建てられて何百年も経ている家も多いだろうと
思われた。古びて陋屋になりはてた家ほど美しく、その美しさは
水寂びと言えるようなにおいがある。
潮寂びのベネチアとは、そのあたりでもちがっている。〉

さらに、この賛美は続きます。
〈レンガは露わではなく、その上に漆喰を塗り、その事でレンガ壁を強くするとともに
雨が染み込むことを防いでいる。・・・どの家も日本で言えば、近世城郭の白亜の塗り
の櫓のように、ぶがあつく、中国における他の奢侈建築に見られるような無駄なー力学
構造ーとは無縁の遊びがまったくない。・・・蘇州の白い壁は古びれば、どこか哲学的
な味が出てくる。
圧倒的な言葉の羅列!
司馬さんの美を愛でる言葉は艶やかな薫がありますね。
あの時、こういう言葉が有れば、油絵の先生を納得させることができたのに。

ベネチア旅行から帰ってきて、印象に残ったのは、まさに潮寂びのレンガの家。
今にも朽ち果てそうな、地下から一階部分の壁のなんとも形容の出来ないレンガ
の美しさに感動した私は教会の建築や、絵画や、彫刻には眼もくれず、朽ち果て
ようとしている家ばかりを写真に収めて来ました。
その中から選んでこれを描きたいと私が言った時のせんせいの言葉は驚きの一言。
『これを描くのですか?』
それから、お互いに無言。
でも、家で一人で描いて、額を買い、わがやに飾っています。
美を愛でる基準は個々人で良いのですよね。
先生はチョット変わった生徒に言葉がなかったのでしょう。
今はもう、この世のヒトではありません。でも、生きてらしたら、会いたい
懐かしい先生です。

福原愛さんおめでとう!

福原愛さん、もう27歳になるのですね。
安定した集中力を見せて、ストレート勝ちでした。
本当に素晴らしい。やはり、圧倒的な経験値があっての
勝利なんですね。
落ち着いていて、冷静で、途中ミスがあっても、何か呟いて、
平常心を取り戻している。
あのいつも泣きながら、球を打ち続けていた可愛い愛ちゃんが
ここまでにも成長して、大人になった。いや、大人以上の人間の到達度
を感じて、観ている我々は敬意をかんじずにはいられない。
対して、北朝鮮の選手は強いけど、精神の幼さが目立っていました。
大量の汗、追い詰められた顔、福原はあの運動量に対して汗一つかいていない。
我慢、ガマン。
平常心、ヘイジョウシン。
落ち着いて、おちついて。
月並みな言葉で、継続は力なりというけど、こんな言葉ではなく、経験という
積み重ねが大きいのでしょうね。
本当に素晴らしい。日本人に誇りを感じました。
iPadから送信

2016年8月8日月曜日

蜘蛛の糸

家の壁に意外に大きい蜘蛛を発見。
いつもなら、手か新聞紙で叩いてしまうかもしれないのだけど、
今回は芥川龍之介氏の『蜘蛛の糸』を思い出してしまったために、
酷い事は出来ない。
・・・と言うか、あの世にいっても未だ人をだしぬきたいのか、
わたしの為にだけ蜘蛛の糸を御願いするつもりなのか、どうしても、
つぶせなくて、そっと新聞紙の上に乗せて庭にまで運んで行き、
紫陽花の葉のうえに置いた。
覚えておいて下さいとは言わなかったけど。

近年、芥川の作品はアメリカで翻訳され、村上春樹さんと同じ様に
好評なんだそうですね。ただ、村上さんと同じ様に英文にし易いように
書かれているわけではないので、訳が難しいんだそうです。
日本語らしい格調の高い
文章ですから 。
『羅生門』などは特に人気ですが、これは黒澤明さんの映画による
ところが大きいのでしょう。
ここに出てくる3人の証言が皆くいちがって誰が真実を言っているか
分からない。藪の中なのですから。
わたし個人としては『トロッコ』が一番思い入れがあります。
一人で暗い夜道をトボトボ歩くという心細い思いをした事があって、
忘れられませんねえ。
ともあれ、蜘蛛は5匹位は助けてキャッチ、アンド、リリースしないと
1本では足りないかも。

2016年8月1日月曜日

ポケモンの師匠

KAI日本語のパーティで偶然お喋りしたこの坊やは
ここで働く先生のお子さんらしい。
ポケモンのシャツを着ているので、話しかけたら、
『チョット貸して』と
指導してくれました。
『アイテムをゲットするボールが一つもないの』
と言ったら、
『同じところで少し待てばもう一度獲れるよ』
と教えて呉れました。
ポケモンのシャツを着ているディープな男の子です。
カメラに撮っても良い?と聞いたら、
良いよ!と屈託無く、ポーズ。

夏のkAI日本語学校のパーティ

今年もOGとして参加しました。
大久保通りは相変わらずアジア系の学生さんで賑わっていました。
そして韓国料理店の多いこと。
チョットした南大門市場のようで、ここだけ東京ではありません。
今は日本語学校に入る外国人が多いそうで、大盛況だそうですよ。
そして先生も足りないらしい。
で、昔の仲間が結構現役で教えている事に感動です。
私はもう、無理ですねえ、何も覚えてないし。

2016年7月30日土曜日

何やら高い所で・・・

裏の与謝野公園で何やら工事をしています。
観ている私が怖いですが、さすがプロですねえ。命綱をつけているのか?
で、ついたのが拡声器みたいな物。
これで周辺住民に避難警報でも発令
するのでしょうか。

2016年7月27日水曜日

近くの珈琲が美味しい《アビエント(たぶん)》

ここの珈琲は美味しいんです。
自家焙煎しているから、も有りますが、2週間で売り切る
という事で、豆が新しいんです。
産地、焙煎の仕方、お湯の温度など様々な要素があるよう
ですが、豆の鮮度は一番の要素かも知れません・・・。
とにかく、焙煎の際の焦げた薫りが残っていて最初にこの
薫がやって来ます。
私のお気に入りはコロンビア。
買い物の帰りに寄りたくなるお店ですねえ。
今日はこのカップでいただきました。

セッション

皆んなで音楽談義。
良いですねえ、素敵な若者が集まって、ギターを弾き、
何やら音の有り様を議論しています。
私にはとんと分かりません。
でも、こっちの方が良いよね・・・位はわかるかなぁ。

2016年7月25日月曜日

夏のメニュー

菜の花亭から引き継いだ《夏のメニュー 冷製パスタ》を林本君が作ってくれました。
何年ぶりかなあ〜。冷たくした麺にバジルペーストを和えて、その上にトマトと
モッツアレラチーズを載せ、さらにベビーリーフをまたバジルソースで和えて、
載せます。最後にトマトソースを周りにかけて、出来上がり。
旨い!

書芸展

素晴らしい作品が並んでいました。
崩しまくった感じのアートな書が結構あって、
楽しかったですね。
決まりは決まりとして、自由に書いてもいいんだなと
気が楽になりました。

東京都美術館の書芸展

上野公園には美術館、博物館、動物園さまざまあります。
こんかいの世界遺産に登録されたル・コルビジェの作品・
国立西洋美術館も有りますが、今回はパス。
前日の報道を観ていると長蛇の列。
ま、ほとぼりが冷めてから。というか何度も入っているような。
で、都美術館で産経新聞の書の公募展に入賞した様々な作品を
堪能してきました。
で、今回発見。
いつも、上野公園に行くと困るのがお昼。20ほど前?! 油絵にのめりこんで
いた頃は盛んにこの公園や銀座の街にくりこんでいました。
ところがこの公園周辺には気の利いた喫茶店やレストランがありませんでした。
いわゆる、東北からお上りさんがやって来て、取り敢えず入ると言う
大衆食堂が多くて、味もどうしたらこうなるのかという悲惨な状態。
まっ、かくいう私もかつてはお上りさんでした。イヤ今も。

2016年7月11日月曜日

木蓮の実?

今年初めて気が付いたのですけどね。
木蓮って実を付けるのでしょうか?
葡萄の房の様な感じですが、一個一個が独立しているのではなく、
果汁が流れ出て途中で冷凍され、くっ付いた様な形なんです。
こう言うのをなんと言うのか。
木蓮はすでに来年の花芽をもっています。あのネコヤナギのような穂先を
連想されるあの形です。でも、何と少ない事か。
が考えれば、この木蓮は結構休むのです。
三年に一度位しか、盛大に咲きません。
もしかしたら木蓮では無いのでは・・・。

2016年7月10日日曜日

古希で水泳教室

今年の4月から水泳を始めました。

そして、この7月8日に古希をむかえました。

実はこの記念すべき日に

《水の中で魚のように泳ぐ》とまではいかないまでも、

《水の中でゆったり浮かんでリラックスする》くらいに

なりたい。

とここまでは良かったのですが、どうも息継ぎが難しい。

というか、この4月、5月、6月と3ヶ月、水泳教室に入った

のですが、全然身体が浮いて来ない。

孫達は一級で卒業しているのが二人いるのですが・・・

『どうしても浮かないんだけど、どうやったらいい?』

と悲しいほどの、いや卑屈なほどの恥ずかしい質問を投げかける

のですが、

『ば~ば、リラックスだよ。』

と言われるばかり。

そう言われても出来ないものは出来ない。

で、同じクラスの人達はどんどん巧くなっているのに、私は先生の手が

離せない。

5月の半ばに風邪を引き、2回休んだら、もうついていけず、気持ち的に

もう、ダメとなり、ここからは自分でやるっきゃないな・・・とビート板頼りに

プール通い。

所謂、挫折したんですねえ。

『挫折』ってこんなかあ~とこの歳で思うのです。

ここまで、一切水泳をやったことがなく、思えば小学校はプールがなかった。

中学、高校はミッションスクールの女子校だったので、体操の時間もお粗末、

ましてプールなぞ、ある筈もなく、大学は他の体育科目で教員免許を取る・・・

という水泳からはまるきり離れていました。

毎年、暑い夏がきても専ら山ガールを通してきたのです。

あ~、どう言い訳してもダメですね。

で、とうとう息子が参画。

ふふふ、浮くようになりました。

それも束の間、肩が痛い、首が痛い・・・で、先週一週間水に潜っていない。

泳げるようになるのだろうか。

まっ、のんびりいくか。

2016年7月3日日曜日

正行寺の紫陽花

実家の親達が眠る正行寺の表参道に咲く紫陽花。
流石に東京とは空気が違うのでしょうか。
コバルトの色合いの美しい事。東京ではお花屋さんに出ている
鉢植えのものでもこんな鮮やかな色の紫陽花はみられません。
本で調べるとミョウバンを撒くと色が鮮やかになるとか
書いてありますが・・・そうあの茄子の漬け物を浸ける時に
使うものですね。鮮やかな茄子の深い藍色です。
《藍は藍よりい出て、藍より深し。》
と言われる程に藍は難しく深く、真っすぐな色。
あの有名なフェルメールがラピスラズリの鉱石?を削ってあの
美しい色の絵を描いたのは凄いことですね。フェルメールの
人物画を観賞する時、あの深いコバルトブルーは眼に焼き付いて
離れません。
そして、我が家の紫陽花は水不足と日当りの良過ぎる環境に
植えられているせいかクスんだ色合いになっています。
残念!

2016年6月30日木曜日

久しぶりの鮎焼き

久しぶりに今市近くの簗場に行って来ました。
河岸にはブルドーザーが川の整備?をしていて、
少し前の氾濫の後を復旧というか、簗場を新しく
するのか、分かりませんが、盛んに砂利を成らして
いました。
寒かったので、お客さんは少なかったですが、隣の
若い人達は鮎飯を頼んだらしく、散々待ったあとで、
結構大きめの釜が運ばれてきて、
《あれ、美味しそうだねえ!》
と姉妹4人で、あれを頼めば良かったと後悔。

で、また隣を見れば、大きめな鰻重を頼んだ4人連れ
、良いお年とみたけど、結構ペロリと平らげていて、
《鰻でも良かったわね。》
とまたまた、隣の料理を羨ましがり、小学生のような
ノリで騒いでしまいました。

帰る時は若い人達の鮎釜飯をのぞかせてもらって
《わあ!良いにおい!》と4人揃ってはしたないったら
ありません。
良い歳なんだから、もっと落ち着かなくてはねえ。

2016年6月23日木曜日

カーゴパンツのオバちゃん。

『お薬飲みましたか?』

『あっ、今飲みます。』

予約の時間にやや遅れて行った病院の待合室。

先日処方されたセロケン?確かこんな名前の薬。

検査の前1時間に、飲んで脈拍を落とすのだそうで、

暫く静かに座っていなければいけないらしい。

ここの処、かなり蒸し暑い日が続いたせいかなんだか

息苦しい。そして、酸素を十分に吸ってないような、胸

苦しいような、なんせ疲れる。

で、前に手術してから、3年ぶりに検診を受けた先生

から、そろそろ観てみますか?・・・と言われ、念のため。

心臓と肺の検査をする事にしたのだけど。

で、お隣の同じ年頃のおばちゃんも神妙に座っていたの

だけど、

『あ~、座っているだけだと疲れる~。』と立ち上がって

ウロウロし始めた。

そこで、初めて私と眼が合い、思わず話しかけてしまった。

『お宅もですか?』

『ええ、私は2時半。』

『私は3時。じゃ、私の前ですね。』

そこへ、さっきの看護婦さんがやって来て、隣のおばちゃんの

脈が落ちたかを調べに来た。

『60・・・変ですねえ、中々落ちないですねえ。

もう暫く待っていて下さい。』と戻って行ってしまった。

そこから、お互い病歴の自慢話。この歳になると、病気や手術の

一つや二つはあって当たり前。で、件のオバちゃんが話し始める。

『52の時、乳がんをやってねえ。』

『52ですか、若いですねえ。その時はどうでしたか?』

『別に、そうなんだと思って、治しましたよ。』

お元気そうだから、克服したのだろう。それなりに大変だった筈

だけど、今は淡々としておられるのだと思う。

『でね、2年前に脳梗塞で入院してね。今は元気なんだけど、なんだか

先日、胸がきゅ~っと痛くてね、だけど、それ一回だけなんだけど、

心配になって検査にきたの・・・。』

私は脳梗塞の方が気になる。

『で、その脳梗塞のほうは大手術ですか?』

『いえいえ、姉と電話で話していたら、なんだかロレツがおかしいわよって

言われて病院に行ったら、即、入院。あとは薬だけでした。

早いと軽く済むみたいですね。』

私はほっと安心。要するに変だと思ったら、すぐに病院にいくことらしい。

で、その後は四方山話。サバサバしていて、ズバズバ話すから、分かりやすい。

ニュージーランドに5年間行っていたこと。ご主人の仕事関係で其の後、スエーデン

へ。今は親も看取り、子供は片付き、二人暮らし・・・なんだって。

『じゃあ、英語はペラペラですねえ。』と私は羨ましいの、上ずった調子で聞いたら、

『全然。』と即答。

ははは、何事にも、明快でキッパリ。こういう性格は羨ましいですねえ。

其の後、検査室に入って、血管を広げる薬を注射して、やや、気分の悪い

思いをしたけど、ものの10分もかからない検査終了。

このオバちゃんとの出会いが気分を明るくさせてくれたみたいで、なんとなく、

《人生はケ・セ・ラ・セラかな》と帰ってきました。このおばちゃん、73歳だって!

白いTシャツにカーゴパンツ。ただ者ではありませんねえ。


2016年6月13日月曜日

豪華?な朝ご飯

久しぶりにローストビーフを焼きました。一人で食べても
つまらないので、家の若いもんに御馳走。前の晩にパン焼き器を
セットして、1、5斤の食パンをやいたのですが、冷めないうちに
パンを切るのって、難しい。で、御覧の通り厚いのやら、薄いのやら。
で、仕方がない、材料だけをバンバンと出し、勝手に自分で作って
食べなさい・・・と、これこのようになりました。本当は美しい
ビーフサンドイッチを作るつもりだったのに。
野菜サラダ、ローストビーフ、ハニーマスタード、ゆで卵、トマト
の薄切り、バター。
これがあっという間に・・・。
いいねえ、若い人たちは。

2016年6月10日金曜日

大量の草鞋。

昔の人は旅に出る時は何足ものワラジを背中にぶら下げて、
履きつぶしては、新しい物に履き替えたそうですね。
そんな中、龍馬はいち早く革靴を手に入れて、日本全国を歩き回った。

最近、五木寛之さんのエッセイを読んでいたら、悲しい靴遍歴を
語ってらっしゃいました。
殆ど戦後すぐ、東京に出て来た時、ちちおやの靴をもらい受け、
其れを穴が開いても履き続けた・・・という。あの頃は殆ど誰でもが
そんなだった。貧しくて靴を買うどころか、今日食べる物にも
コト欠いた時代です。
だから、今では気に入った靴を何足も持っていて、
靴フェチと言われるかも知れない・・・などと書いています。
そして、武田鉄也さんは小学校の時、上履きを買って貰えず、
いつも足をそのままでは冷たいので、両足を外向きにむけて
側面の細い部分を床に付けて立っていたという悲しい、悲しい話を
してらっしゃいます。
私もそんなに貧しい訳では無かったけど、友達の真っ白い上履きに
憧れていた様な・・・。私のそれは、いつも姉のお下がりだったのか。

で、この成田山にはこんな風景が。遠路はるばるやってきた人が
ここに奉納?かな。でも、この黒い婦人靴は如何なんだろう。

鰻を捌いてウン十年!でしょう!

厳しい表情で、黙々と鰻を捌いてらっしゃるこの方。
この道ウン十年と言う履歴をそのままに、次から次へと
お仕事をしています。
ヌルヌルとして掴みにくいヤツを手に持って、思い通りに
ならない、ともすると逃げようとするアイツをサッと所定の位置に
置き、頭を押さえてシャーっと捌く、ものの1分も掛からない素早さ。
そして、あの独特な先端がえぐれて居る包丁?で骨をササーっと
ばかりに身から離す。
いったい1日に何体解体するのかしら。
私達の幸せはこういう人達の汗まみれの労働によってもたらされる
のですねえ。
一緒に行った若者が
『鰻の血って、危ないって言いませんか?』
『そう言えば聞いた事あるわね』
でも、どう危険なのかは定かではありません。
それより、家に帰ってやれやれとして緑茶を淹れて、目にした
梅干しは確か食べ合わせが悪いとか。
これも又諸説ありそう。
ともあれ、元気が出ました。オジさん有り難う御座います。

2016年6月8日水曜日

川豊の鰻

何故かこの時期、やっぱり食べたい.
って言うので行きました、鰻を食べに。
で、みんな無言でたべまくり、わずか
一時間ほどの成田詣で。

2016年6月5日日曜日

ネスカフェ・カフェ

 原宿と言えば、あの若者が挙ってやってくる竹下通りが有名ですが、
おばさんでも行ける所はあるんです。初詣の帰りにいつも行くクリスティーは私のお気に入りですが、今日はもっと新宿寄りに戻って、あの
皇室関係の方が電車に乗る時に専用にお使いになる駅の手前に4、5年
前だったかに出来たネスカフェ・ブック・カフェに立ち寄ってみました。
 始めは一流作家がやってきて講演をしたり、トークショーをやったり、色々やっていたみたいだけど、今は単純にあのネスカフェの商品を
売らんかな・・・テイスト満載のカフェになっていました。
 あの最近有名なロボットが相手をしてくれたり、注文はIPADだったりで、ちょっと面白いですねえ。で、今日はサラダとスパでした。
お味はまあまあかな。
 隣に座った30歳後半かな?というお姉さんが
初対面の男性と名刺交換をして御自分の起業について熱心にレクチャー
しているのを面白く聞きながら、しかも、今流行の女性の手作りの
サイトを立ち上げているという!お話。男性はただただ聞いている。
 しかも、この女性お腹すいてるので・・・とハンバーグを注文して、
《因に相手の男性はさっき軽く食べてしまったので・・・と珈琲のみ》
パクパクやりながら、話は淀みなく進み、流石だなあ〜と感心してしまった。今日の女子力に感動でした。

2016年6月4日土曜日

レア・チーズケーキを作りました。

どうやって作ったっけ?本当に出来るの!・・・と思う程に
久しぶりに作ったレアチーズ・ケーキです。

なんだ、意外に簡単。ただ、ケーキ型から出す時の注意が必要
です。タオルを温め、ただし熱過ぎるべからず、ぬる過ぎるべ
からずなので、その辺は経験が必要。で、今回はパイナップル
の刻んだのをいれたのですが、これが大き過ぎると、切る時に
大きいままにゴロッと出て来てしまうので注意がひつよう。
 思えば随分失敗を重ねたなあ〜と思い出します。クリーム・
チーズとパイナップルの浸け汁とゼラチンと生クリームの8分
立てとを冷やしながら、固まってくるのを待つのですが、これが
十分でないにも拘わらず、型に流し込み、脇から流れ出てくるのが
かなりあって、ひえ〜っと慌てたことがありました。
  歳ですねえ。こういう失敗はしなくなりました。やっと、この
頃、《年の功》と自負しうるようになったのに・・・世の中の
インターネット革命は我々を置き去りにするばかり。
 ああ、むべなるかな!

獣道の金髪の彼女

その女性はいきなり出てくる。

  荻窪の中央図書館がある地域に住んでいるらしいのだが、いつも我々が

青梅街道に出ようとしている時に、又は青梅街道から我が家に帰ってくる

時に通る、その細い裏道を脇目もふらず・・・いや、左右も確認せずに、真っすぐ

前のみを観て、減速もせずに、一度も止まらず、その細い道を渡る。

まるで車は絶対に来ないと確信しているように。

兎に角、周りの歩行者も見えてないようだ。彼女だけが、異空間に存在している

ように。

  この女性に我々は2度ならず、3度も同じ状況で遭遇している。そして、いつも

寸前に目の前に現れるから・・・勿論減速しているから一応大丈夫なのだが、

《ドキッと》の感覚が半端ではない。

  その後の我々の会話は勿論、この女性に対する憤懣がひとしきり。

  運転している私どもはどれだけ気を遣っているか・・・を云々するのだが、それとて、

彼女には到底届かない。


  何故彼女はこうなのか。考えてみた。なんせ、暇だからねえ。

  1・どうせ、車のほうが、気を遣ってくれているから、左右確認しなくても大丈夫。

  2・私はどうなってもいいの。

  3・私が怪我しても、それなりにお金が入ってくる。

  4・不特定多数の誰かを不幸にしたい

なんだか、こう考えている私がクサクサしてきちゃった。

とにかく、この道をなるべく通らないようにしたいが、ここを使わないのは結構

面倒。

  この通りには昔、近衛文麿公が住んでいらした《荻外荘》があり、最近遺族が

管理するのが大変だと区に寄贈?かなにかをして区民の為の公園に改装中

なのだが、なんせ、ここで近衛公は戦争責任を問われて、服毒自殺をした処。

怨念が漂っているのかも。

あ~。今日はダメ。何を書いても、こうなるねえ。

とまれ、この道を獣道・・・としよう。みんな気をつけようね。


2016年5月27日金曜日

間違いでした。

BAD HEIRはBAD HAIRのまちがいでした。
恥ずかしい。ローマ字変換ばかりやっていると、こういう事に
なるんですね。因に大学は英文科でした。ひえ〜。

BAD HEIR

ヘアー雑誌を何となく眺めていたら、"BAD HAIR"という言葉が眼についた。恐らく、古い言葉

なのかも知れないけど、白人の"GOOD HAIR"の対極にある黒人のそれ・・・という意味らしい。

へえ~、そうなんだと考えながら、いや、しかし、今はどうだろう。・・・というか、私はそんな単純に

悪いとは思わない。

  先日、《ベスト・キッド》を観ていて、その主人公の男の子がとっても可愛くて、綺麗な顔をして

いるのでお話の流れはそっちのけで、ひたすらその美形を楽しんでいました。その子は黒人特有

のあのアフロヘア~とでも言えそうな髪の毛を、全て前から後ろへと3センチくらいの幅で三つ編

みにしているのです。

  《こんなにするのに,何時間かかるのだろう》とか、

  《洗うのは何日に一度なのか》とか、

  《寝るときって、痛くないのだろうか》とか、

ひたすら思って観ていました。そして、その映画のエンドロールを観ていたら、あのウイル・スミスが

出ていて、そうか、あの俳優の息子さんなんですね・・・と納得。

  昔?日本語教師をしていた頃、眼の前に金髪碧眼の女性が座ると私は女ながらも、ドキドキして

しまいました。その女性はいつもその長い髪の毛を指にからませながら、ノートをとっていましたが、

いつも最後はその長い髪の毛を後ろにクルクル回して、鉛筆一本を滑り込ませて、納めてしまう。

ひえ~ですね。日本人の直毛ではこうはいかない。欧米系の人の髪の毛は絡まりやすいように

出来てるみたいですね。

  

  ひたすら、髪の毛をいじって・・・というか弄んで時間を過ごすというのも人間に与えられた特権

いや女性に与えられたそれかと思えば、さにあらず。最近よく行く喫茶店の店主は40才くらいの

お兄さんなんだけど、この方は凝り性。高校生の頃、ほとんどモヒカンのような(?)・・・実はそういう

ヘアースタイルをどう言うのか分からないのですが、まあその店主に言わせれば、盛んに両手を

耳の上からまっすぐ、上にあげながら、説明するし、ハードクリームで上に立つようにするんだ・・・

というからその辺の髪の形なんだろうと思う。で、これをするのに3時間くらいかけて気に入るまで

するんだそうです。

  『でね、気が付いたら、今から学校に行っても、お昼だし、今日はもういいかあ~、という訳で

行かないんです。』

  『でも、そんなにグズグズしていたら、親になんとか、言われない?』

  『うち、共働きだから、朝は先に出ていっちゃうんですよ。』

  『なるほどねえ。ははは。』


  そんなでも一応大学は卒業したみたいだから、心配することはないのですねえ。で、社会に出て、

日本のあちこちに行くようになり、何年か働いて、情報を集めてから、最近喫茶店を始めたのだそうです。

で、出先で良い珈琲茶碗を見つけると一客づつ買い集めて、その機会を虎視眈々とねらっていた。

  凝り性というのはこういう処にも現れるのですね。この人、新潟の織元に行って、高級なネルを買い、

ネル・ドリップのそれに使うべく、あの三角形の形に切って作り、あの茶こしの上のネルの生地を

からませるべく丸い取っ手付きの金具を燕や三條のカトラリーを作る会社に頼み、奥さんにその

ネルをつけてもらって、可愛いネル・ドリップの道具を作ってしまった。

  ある日、私はどんなふうに珈琲を淹れているのだろうと、真ん前に座ってみていた。

  小さい、本当に小さい、一杯ぶんを淹れたら、もう入らない・・・という感じの可愛い、可愛い、小さい

三角のネルの中に珈琲をセットし、お湯をチョロチョロ淹れている。それも眼の高さに上げてお湯を注ぐから、

下の器にきちんと受けられているのか、心配になる。残念ながらそこまでは見えない。

  でも、横から見ていると徐々に粉が盛り上げってくるのが分かる。ネルの三角のドリップの上に粉が

又三角に盛り上がってくるが、決して、こぼれるわけではない。美しい。


  食べられるかどうか、とか、儲かるかどうか・・・より、好きかどうか・・・のほうがやっぱりたいせつなんですね。

  そして、好きなことをやっている間は本当に幸せなんですよね、周りがなんと言おうと。


2016年5月22日日曜日

高島野十朗展

高島野十朗展


  東京帝国大学(東京大学)の水産学科を首席で卒業し、将来を嘱望されたにも拘わらず、

絵画の道に進み、しかも独学で・・・というこの孤高の画家。兄の友人にあの青木繁がいた

というから、そういう方面の影響もあったのではというのが、一部の評論家のお話。

  私はどうもこういう『孤高の』『独学の』『中央を離れて・・・』『自分の眼だけを信じて』という

言葉に弱い。

  群れる・・・とか、権威におもねる・・・とか、そういうのが、大嫌い。世の中の地位の高い人が

一概に立派であるとは限らないと小さい時から思っていた。こういう固定観念を持ってしまった

のは人生の不幸せかもしれない・・・と長く考えていた。

  大学は先生になる為の学部で勉強していたにも拘わらず、絶対嫌だと教員採用試験を一切

受けず、これからどうしようかと、あの頃、もがいていた。

  私が小学校の頃、父がPTA会長をやっていた。その頃の教頭先生や校長先生が私の大学時代

には立派になられていたが、我が家が旅館だったこともあり、父の役職の流れもあって、我が家で

酒席を開く事が多かった。

  当然のようにお酒で酩酊する。若いころの私は先生のそういう乱れ方が許せない。それもいつも

ただ酒だったから、母は苦労していたし、怒っていた。

  

  孤高の作家というのは数あまたいるけれど、私が好きなのは野十朗の他に田中一村。

この人も中央の画壇には一切関係を持たず、奄美大島で粗末なあばら屋でひたすら絵を書き続け

、お金がなくなると近くの染色工場へ行って、絵の具代を稼ぎ、少しの貯金が出来ると絵を描く・・・

という暮らしを続けながら、作品を残した。

  

   この人の作品も野十朗と同じように精神を感じる。観ているとその中に入っていけそうな気になる。

吸い込まれそうになる。描かれた花や植物に生き物を感じ、それが動きそうなほどの迫力がある。

田中一村にはこんなエピソードがある。

  ある時若い画家が一村の絵を観に来た。その余の凄さに一村に物を投げつけて帰って行った・・・

という。

  今回野十朗の絵を改めて観ると、前とは違う感覚を持った。花が生き物の様でそのあまりの

凄さに気味悪くさえ思ってしまった。嫌いになったわけでもないのだが、花の絵は側に置きたくないな

という気持ちになった。本物の花はもっと、薄くて繊細というか、華奢な感じではないか。それなのに、

野十朗のそれは肉厚でそこに蠢くような生命体を感じてしまう。

  だが、それよりも今回新たに発見した『林径秋色』の何気ない雑木林の景色は凄い。

  ずっとその前に佇み、動けなくなる。

  そして、友達に送ったという蝋燭の絵は宗教心をかきたてるような、静かな、心を穏やかにさせるような

素晴らしい作品ばかりで10点以上の作品が展示されていた。

  私はそんな蝋燭の絵を真似して描いた事があるが、あんな迫力のある蝋燭は描けないですねえ。

当たり前ですけど。

  そして、絵のように炎がメラメラと立ち上るのも実際はなさそう。今回学芸員が調べた所、その炎に

何かきらきらした結晶が確認されたとか。でも、それが何なのか発表してない所をみると分からない

のでしょうか、それとも公表できないのか。なにか、異質のガラス質か、金属質かのキラキラした結晶体

のようなのですが。彼の創意工夫が、この後、色々発見されそうですね。




  


2016年5月7日土曜日

住み易さが負担になる日


住み易さが負担になる日

  高度成長と人口急増がもたらしたものは何か。住宅が郊外に伸び、
企業が右肩上がりを最大の目標にしたこと、自治体が企業誘致に
躍起になった事。このため、道路を整備し、改良する。
  この整備率と改良率で全国1位が富山県。道路が整備され、渋滞は
  なく、自動車を使って生活するには最も便利な地域だそうである。
  車の保有台数、福井県は1.76台で全国1位。2位が富山県、石川県が
10位。
  しかし、高齢化で人口動態が変わると住み易さが逆作用になる。
  道路補修に金がかかる。
  郊外に街が拡大したことにより、中心地がシャッター通りになる。
  地価が下落する。
  街が郊外に拡大したことにより、ゴミ収集に金がかかる。
  除雪コスト、介護サービスなどすべての面でコストがかかる。
  
森市長が考えた事。
人を動かす要素は3つ・・・楽しい、美味しい、おしゃれ。
で、考えたのが、
《串とお団子》構想。
市内を循環する「富山地方鉄道市内電車」と港と中心地を往復
する「ポートラム」というライトレールを登場させた。
この線路が串だと言う訳ですね。
お団子がそれら公共交通で結ばれた居住区域だそうで、歩いて暮らせる街にする。
コンパクトな街を目指しているアイデアはまだまだあります。 
郊外の遠くから市内にきて下車すると、100円。市内から離れた
遠くで下りれば場合によっては当たり前に距離計算をされて2000円以上もする。
高齢者は結局街中までやって来る。
動けば足腰が鍛えられる。
医療費が下がる。
中心地でお金を落とす。
もう一つのアイディアはこの公共機関に花を持って
乗れば乗車賃はただ。森市長曰く
《何だか綺麗で、華やいでいいじゃないですか。》
お陰で各駅に花屋がオープンし、雇用が拡大し、その他もろもろが
プラスに作用しているのですね。
今回この事はすっかり忘れて、花屋を確認するのを忘れてしまった。
私もこういう経験をしてみたかった。

マサニ、ホントかいな・・・という気持ちでいっぱいですもの。
富山凄い!


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2016年4月29日金曜日

『福井モデル』の中の2025年人口問題

 この本を読んで真っ先に出てくるのが人口問題。日本はこれから、人口が減少し、

高齢化が更に進んで大変なことになる・・・と言われて久しいですが実は他の国では

もっと前に経験していた事なんですね。

 日本は鎌倉幕府成立から明治維新までの676年間で人口が4倍に増えて3300万人

になったそうですが、この明治維新から2004年のピークまでにたった136年で3・8倍の

1億2千7百84万人になりました。そして、未来予測では2100年までに日本の人口は

明治維新と変わらない3千7百70万人に急減するのだそうです。

 フランスでは日本の江戸時代に既に高齢化《65歳以上が7%》社会になっている。

 そこから倍の14%になるのが、フランスは126年、アメリカは72年、オランダは65年、

 イギリスは46年。日本はわずか24年のスピードです。

 つまり、ヨーロッパは社会の意識が成熟度を深めていく早さにギャップがないのですが、

日本はこのギャップを深める時間がないのです。ですから、制度や手当が後手に回る

訳ですね。最近わが町では古くからあった商店が後継者なし、売り上げ激減、高齢化

で、地方都市と同じようにシャッターを閉めています。そして、交付金が貰えるということで

介護施設か保育園にどんどん変わっています。

 

 さて、最近、2012年にOECDがまとめた『コンパクトシティ政策報告書』で、富山市が

メルボルン、バンクーバー、パリ、ポートランド、と並んで世界の先進5都市として評価さ

れました。しかも、人口減少と少子化・超高齢化にあるのは富山市だけ。いまや世界の各国

から、視察にきており、マレーシアのジョホールパル州ではジャングルを切り開いて、富山

モデルの都市を建設すると言う。

 この富山の森市長のところにやってきた或る自治体の某市長が

 [ 『孫とお出かけ支援事業』をパクっていいですか?]と聞いたそうな。

市内にあるファミリーパーク、博物館、科学館、民族資料館、立山アドベンチャー施設など

の施設に祖父母と孫やひ孫が同伴すれば入園料が全額無料になるという優れたアイディア。


 これは高齢者が外出をする機会を増やします。

 出歩けば健康寿命を延ばす。

 孫を連れて行けば財布のヒモが緩む。パパやママではこうはいかない。

 で、でれば寿司屋でも入ろうかとなる。

 高齢者の外出は地域経済に貢献する。

 世代間交流にもなる。


しかし、このアイディアを持ち帰った議員は

『子どもがいない人や、孫がいない人に対して不公平じゃないか!』と反対され、止むなく

撤回。

 これを聞いた森市長は

『だったら、近所の子どもでもいいから、家の孫だと言ってつれて行けばいいじゃないか。

戸籍謄本を見せろなんて言うわけないのだから。』


 固定観念に縛られないと言う事の大切さを感じますね。

 何事もそうだけど、考えて、考えて、考え抜いたら、いいアイヂアが湧いてくる。適当なところで

考えを辞めてしまうと今までの常識の枠に嵌められてしまうのでは。

いやはや、富山県凄いねえ!

 

 

 

2016年4月27日水曜日

世界一美しいスターバックス

 2009年に世界一綺麗な商業施設として認定された富山の《スターバックス》に

行ってきました。富山は幸福度ナンバーワンの県だそうです。が、ほんまかいな・・・という

疑いの気持ちをもちつつ行ってみました。

 富山は持ち家率日本一、親子3世代同居が多い、その為、一世帯の収入は合わせると

60万以上・・・とか、色々前知識を入れていたのですが、車窓の景色を観るうち,本当だな

と感じました。どこの家も瓦屋根が立派で黒々と輝いています。古ぼけて汚れている感じが

まったくないですねえ。そして、普通なら、駅前の町中はマンションが林立してそうですが

富山は土地が安く、マンションを買うなら自分の土地に家を建てたほうがいいと思うらしく、

持ち家に対する思いが強いようですね。

 どの家も手入れが行き届いてる。驚きです。全体に清潔感があるのです。


 さて、スターバックス。富山駅北口から10分くらいと書いてあったので歩くことにしました。

富山の神通川沿いの松川には昔、江戸時代に樽前舟がやってきました。そして、物資を運ぶ

為に運河を造ったのです。北海道の物資としては昆布やニシン、薩摩藩からは中国からの物資

を運んで、多いに賑わい、豪商たちが生まれた場所。その運河が現代では都市の景観となって

河岸は市民の憩いの場所になっているのです。まさに司馬遼太郎さんの《菜の花の沖》のお話

の世界ですね。

 この景観の中にスターバックスが建っています。憩いの場所に喫茶店がある。素敵です。

 もっと空いていれば、もっとゆっくり珈琲を楽しんで、本でも読みながら、そして又、水辺で遊ぶ

親子や二人連れを眺めて2時間でも3時間でも座っていられたろうと思うのですが、珈琲を買う

人が列を作っているのを観るとそうはいきませんでした。

 スターバックスの反対側には遊覧船の発着所がありました。日本海に出る港の岩瀬浜という

処までいくのですが、私はそれを知らずに、もう一度富山駅の近くの市電《ライトレール》の停留所

まで10分ほど戻り、そこから30分ほどかけて岩瀬浜まで行きました。

 岩瀬浜の2つ手前の駅《東岩瀬》で下りて、北前廻船問屋『森家』を観て、岩瀬浜に行くと岩瀬

カナル会館がありました。ここから又遊覧船に乗って帰れば良かった。結局同じライトレールに

乗って富山駅に戻ってきました。

 ところが、富山駅から高山本線に乗って越中八尾駅で降りたのですが、ここから泊まったゲスト

ハウスに帰るのに、まあ来ないタクシーが・・・!

 寒いし、風は強いし、タクシーは来ない。携帯で呼び出すも、今、出払っていて車はないと言う始末。

待つ事一時間。ここでいっぺんに富山嫌いになってしまった私でしたが、結局、駅前タクシー会社

の隣のおばちゃんが心配してくれて、そして、はたまたこの叔母ちゃんのところに車で来たおばちゃん

が、ヤット来たタクシーに道案内をしてくれたりと富山県人の親切さにホロリとしてしまったのです。

やっぱり、富山県凄いです。

2016年3月25日金曜日

カップ焼きそば協奏曲

 学生時代に変な奴がいた。

  いつも昼はあのすっぱい味のトマト風味即席麺にお稲荷さんをトッピングして

食べていた。

周りの友達はそれを目撃しては、いつも言った。

《それって旨いのかあ!》とか、

《気持ち悪!》とか、

《お前、変!》とか、非難囂々。

  或る時、即席麺を箱買いし、コンビニでお稲荷さんを大量に買って来て、

『そんなに言うなら、食べてみろ!』。

 みんなは恐る恐る食べてみた。う、うまい!


  いつも行く喫茶店のお兄さんは即席麺評論家という程に蘊蓄を披露する。

 『即席麺ってあの揚げ油やら何やらがついていて、不健康な感じがするけど、カップ

焼きそばは一度お湯で洗うっていうか、油を捨てるから健康的な感じがする

んだよねえ。』

 『でも、同じだと思うけど・・・』言葉にはしないけど黙って聞いている私。

 『付いているカヤクは麺の下に入れるとお湯を捨てる時に流れなくていいんだよ。

それに、菜箸でふたを抑えながらお湯を捨てると良い。』

『へ~。』

『でさあ、付いているソースも一カ所じゃなくて、周りに満遍なくかけるといいよね。』

『付いているソースって、やはり不健康じゃないの?』と居合わせた客。

『いやいや、あれは健康に良い配合のソースでしょ。』

どこからそう言う論拠になるのかわからないけど。

  

 最近、あの志の輔さんが長年やっているペヤングの焼きそばに不祥事があったことで、

あのコマーシャルが観られなくなったけど、結構この焼きそばが好きな人は多い。

ゴキブリが入っていてもいいからこの焼きそばを食べたいという若者もいる。で、最近、

ペヤングではなく、ペヨングというのが発売されているらしい。ペヤングより、小さめで

味は少し薄く、値段も若干安い。これがなんだか売れているんですって。

 人の好みというのは不思議。

 

 随分前に五月みどりさん対談の中でこんなことを言っていました。彼女の料理上手はよく

知られているらしいのですが、お肉やさんの娘さんだったので、コロッケが手っ取り早く

いつもあるものだから、即席ラーメンの上にコロッケを乗せてよく食べていた・・・という

子ども時代の思い出を語っていました。

 これには美味しかったとか、まずかったとかのコメントはありませんでしたが、きっと

不味いに違いないと思う。コロッケの周りはカリッとしているから旨いのに、液体の中に

入れたら、無惨な形になるのは必定。親が忙しくて、子どもの面倒にまで、手が回らない

・・・という環境だったのでしょうねえ。そして、同じように親が忙しい環境で育った私にも

嫌な思い出が。

 私はミッションスクールに通っていました。お昼のお弁当の時間が嫌でした。

 いつも学校に来るパン屋さんで買う甘いパンやサンドイッチを買っていました。

『パンが好きなのね。』という先生の言葉に傷ついていました。だから、今でも甘い

パンが好きではない。

  

2016年3月19日土曜日

昨夜のカレー、明日のパン

 2014年本屋大賞をとったそうです、この本。

 いつもの本屋の入り口の一番前に平積みされていた本。

 反射的に避けて通ったのだけど、最近こういう,所謂、軽い泣かせるお話を

読んでないなと戻って手に取った。そのままレジに行き、⒉~3日横目で眺めて

いたのだけど、《はいはい、分かりました、読みますよ。》とばかりにこの世界に

入っていく。

 発見して解放されていく、決して解決じゃないけど、

  《それでいいんじゃないの!・・・》というほっとする着地。

 ここに出てくる人は何か間が抜けていて、人に騙された事にも気づかない・・・

 そんな人が主人公の周りでウロウロする。

主人公は社会の移り変わりに息苦しさを感じている。

会社の7枚綴りの伝票処理が快かった時代が過ぎ、いつの間にかコンピューター

で処理されるようになる。課長はいつの間にかコピーをゼロックスをとって来てくれ

というようになり、機を織るように漢字を見つけては拾う和文タイプはなくなった。

 みんな一生懸命新しいシステムに慣れて行く。しかし、そういう仕事に楽しさを

見いだせなくなってしまった。

 時代の移り変わりの中で何かこれは違うんじゃないかと不安や疑問を持つ人は

多いのでは・・・。

すぐに慣れる人、疑問なんか持たない人、いつまで経っても慣れない人、これは違う

んだと辞めたり、引きこもってしまう人。

 みんなそんなに器用じゃないんだ。でも、それでも自分が居心地が良いと感じる

処を見つけてなんとか、生きて行く。

 そんな優しさを感じながら・・・密かに泣きながら、そして、心がほっこりする。

 慰められる良い本でした。

2016年3月12日土曜日

自分を表現する言葉

  『今日は何となくお休みしたいな・・・』と5歳になった孫が言う。

大人の会話に交じって、『じゃあさあ、こうしたらいいんじゃないの?』と提案なんかもする。

  ちょっと言葉が遅いかな?・・・なんて心配させた孫が言葉を覚え始めたら、しゃべるは

喋るは。

  二つ上の孫は小学1年生。こちらもおしゃべりが上手。そして、大人っぽい言葉使いが

多くなって来ている。

  さて、先日いつもお兄ちゃんと帰ってくるのに一緒ではなかったので、聞いてみた。

  『どうして一緒じゃないの?』

  しばし、孫は考えている。

  『あのね、都合が同じじゃないの。』

お兄ちゃんは6時間授業でご本人は5時間授業。だから一緒には帰って来られないらしい。

その辺の事情を知ってか知らずか、まあ、説明するのに精一杯考えた返答だった。

『都合が同じじゃない』は素晴らしい。


  さて、今読んでいる福岡博士の

《変わらないために変わり続ける》

は実に面白い。

  普通、科学雑誌というか、新書の類いは、書いた本人が文系でない為に説明が難解だったり、

言葉が適切でなかったり・・・というか上手じゃない事が多く、読んでいても分からないか、面白

くないか・・・のどちらかですよね。

  でも、この福岡博士の本は実に平易で分かりやすい、

この博士の文章は小説のような文で気取らず、飾らず、それでいて、科学というものの奥深い

システムを軽く語って、読んでいる者を分かったような気分にしてくれる。

この方は本当は細胞の研究をなさっていて、

一時よくテレビに出ていらっしゃいました。その時に有名になった彼の造語は

  《動的平衡》

つまり、細胞は常に細胞分裂を繰り返している。しかし、エントロピー増大の法則《ものは絶えず

変化している。新しいものは古くなり、綺麗なものは汚れて行き、整頓されているものは乱雑に

なる。》に絡めとられないように、細胞は分裂してもすぐに自らを壊して新しく再生する。

  だから、細胞はかなり凄いスピードで再生し、破壊される・・・というのだ。

  福岡博士は今また、ニューヨークでの生活を楽しんでおられるようですが、この時のエッセイが

この本。

  しかし、このエッセイは読んでいるうちに、ほんのちょっと細胞について詳しくなれるという貴重な

  本です。彼は日本に居る間に理数系から、文系に教授でありながら席を変えたという御奇特な

変人教授。

  こんなのあり?・・・と言われる程、妙な変身を遂げた先生なんですね。

普通、学生が悩んで、理数から文系へ、又はその反対という話はききますが・・・。

  で、その通り、文章が御上手です。


  人は自分の考えを言わなければ相手に分かってもらえません。自分の言葉で説明する時には

それに最も合った言葉を造るか、探すかしなければ出来ないわけですけど、探すとしたら、てっとり

早いのはそれなりの本を読むことですね。

  私は司馬遼太郎さんの言葉使いが大好きですが、悩んでいる時などには必ず、ぴったりの言葉が

眼の前に現れます。『これだ!』と嬉しくなります。


  先日、大病院で先生とのやりとりの最中、次の予約の日にちを決めていました。

  『あ~、その日はヤバいですねえ。』と私。

  『やばいですか?』と先生。

私は言葉が悪いのを反省して、

  『済みません、言葉が悪かったです。』と言うと、

  『えっ、私が先に言ったのですか?』と先生。

  『いえ、私が言ったので先生が反応してしまったのです。』

  とまあ、たわいのない話なのですが、私はついつい早口でペラペラやるので、相手を引き込んで

しまうところがあるなと反省しました。

しかし、この場合やはり、都合が悪いです、というベキだったと考え直したのだけれど、ヤバいが

ピッタリ・・・というのは結構あるんですよねえ。