Acousphere Live 2016.10.11 吉祥寺Star Pine's Cafe

2016年10月11日(火曜) 吉祥寺スターパインズカフェにてスペシャルライブイベント「Acousphere with Friends」を開催します! 
Acousphere Recordに所属するアーティストが一同に集うライブをお楽しみください!
日にち:2016年10月11日(火曜)
場所:吉祥寺スターパインズカフェ 東京都武蔵野市吉祥寺本町1-20-16 B1
出演:Acousphere / Acoustic Sound Organization / Aerial / Sonascribe
時間:Open 18:00 / Start 19:00
前売り ¥3,900+1drink / 当日 ¥4,900円+1drink
詳細はこちらをご覧下さい!

2015年2月28日土曜日

塙団右衛門の英雄的死

豊臣方の英雄の一人である塙団右衛門は大阪府泉南部の樫井の村の旧街道沿いの五輪の墓
に埋められている。
大阪夏の陣の最期の頃、豊臣方の英雄、真田
幸村、後藤又兵衛もふくめて、最早勝ち負けより、どう英雄らしく華々しく戦って死を美
しくするかが目下の問題であった。
塙団右衛門は脇腹に矢を射られて、死に支度
をするべく、村の出口を探す。
彼にとって、死ぬべき場所は白砂青松の場所
でなければならなかった。
そして、辞世の句を読まねばならない。
現代の我々から見れば、武士道とは滑稽なも
のである。しかし反面、これを大真面目で遂
行しようとしているこの英雄を寧ろ羨ましい
とさえ思う。

昨晩日本アカデミー賞の 授賞式をやってい
た。『永遠の0』が取り上げられていたが、
これもこの時代の個人の生き死にをテーマに
した物語だった。
この時代の男たちは、特に零戦に乗る男たち
は生きて帰る事を恥とした。
その中でひたすら生きて帰ることを望んだ
この英雄的男は、この時代の空気に合わず、
世間から孤立してしまった。
この英雄の孫はじぶんの祖父が卑怯者から
徐々に英雄になっていく過程を踏んで大人になって行く。
私達はこの時代の空気を感じながら、自分の
生き様を決めていくのだろうけど、現代は
強烈な時代性がなく、理想の生き方が示され
ない分、時には恐ろしい程の自由な発想で人
生を描く人に驚嘆する。
それは『そんな自由な 生き方もありなの!
』というものから、『そんな事をどうして
出来るの!』という非難轟々まで様々である。
さて、戦後の時代を牽引してきた我々はどうだったのだろうか。
昨日奇しくも白山神社の宮司さんにこんな話
を聞いた。火葬場に直接遺体を運ぶ人がいた
そうである。無論火葬場は騒然としたらしい
、死に際の諸々の 手続きがここまで簡素化
したのか・・・とただ単に、呆れていて良い
ものか。

2015年2月24日火曜日

司馬遼太郎『城塞』

2015年の司馬遼太郎さんの『菜の花忌』は
『城塞』を中心とした講演でした。
私は今回初めてこの本を読みましたが、本当
に凄い本だと感動しました。
家康が関ヶ原の後、大阪城を攻め落として、
天下を取る・・・までの人間模様を壮大な
視点で描いたものだったのですね。
日本人なら誰でもこの位の知識は持っている
と思いますが、詳細に渡ってそれぞれの武将
の性格を思い描き、それに基づく家康との駆け引きを作り上げて行く作業に驚きます。
そこに至る為に膨大な資料を紐解き、司馬さんならでは論理を展開していきます。

極め付けは中巻の456ページの文章です。
そのまま原文のまま書いてみます。
『・・・家康や淀殿の時代
スペインのセルバンテスは67歳で《ドン・キ
ホーテ》の第一部を発行し、翌元和元年
夏の陣の年に第2部を発行する。
セルバンテスは『ドン・キホーテ』という架
空の物語を作ることで人間の性格の典型を
世界に教えた。このことで、我々は気軽な
会話の中で
『あいつはドン・キホーテだ』というだけで、その人物の全輪郭を一言で相手に分から
せる便利さを得た。
・・・
セルバンテスも、ハムレットという典型を作り出したシェイクスピアも徳川家康も同時代
人であり、更に死んだ月も同じ、この3人は
1616年日本の元和2年に死んでおり、しかも
シェイクスピアとセルバンテスは4月23日に
死に、家康はそれより数日前の4月17日に死
んでいる。
・・・
家康は後世『狸オヤジ』という典型で語られた。家康は小説こそ書かなかったが、人生の
最後の時に日本史の中で性格劇を演じた。
そして、家康という性格の一典型まで遺産
として残している。相手役の淀殿までが女性
の一典型として残った。』

司馬さんはこの偶然の相似現象を発見して興奮したと書いています。
『・・・これは単に偶然の暗号ということで
片付けていいものかどうかという点で、多少、快感を帯びた戸惑いを覚える。
・・・大阪の陣という中で日本の騎士道が終息する。塙団右衛門や真田幸村や後藤又兵衛
は負けると分かっていながら、武士道をつら
抜いて死んでいった。
ドン・キホーテも騎士道を揶揄されて皮肉られた。ハムレットの役割を演じた秀頼も又、
その典型を演じなければならなかった。』

この本を読み終わってこの部分が濃厚に残っ
ている。

2015年2月14日土曜日

芥川賞『九年前の祈り』

毎年、芥川賞も、直木賞も『どうせ・・・』
という諦めでパスしていたのだけど、今年は
書評を見て素直に読んで見ようかという気分
になりました。
文芸春秋の全文掲載に飛び付いて、早速読破

面白かった。
子供を育てた人でないと書けないな・・・と
いう感想が一番に来ました。
母親が、自分の子供でありながらもこの子供
を置き去りにして逃げたいという瞬間がある
という気持ちを、ごく自然に書いています。
そして、子供を育てている娘ないし、息子に
対して、母親や父親が、そして、世間が遠慮
なく、自分の経験や一般常識という得体の
知れない蘊蓄をぶちまける現実の禍々しさ
を包容力のあるタッチで描き上げています。

小野正嗣さん自身は小学5年、3年、年長、2
歳の4人の子持ちとか・・・。
流石にです。

ついでながら、この文芸春秋には寂聴さんの闘病記が載っていました。
脊椎圧迫骨折で半年寝込んだとの話。
何となく読んでしまいました。
今回の文芸春秋面白い。

2015年2月10日火曜日

大阪城冬の陣400年

今年は冬の陣から400年という事で、『菜の
花忌』も司馬さんの『城塞』が取り上げられ
ました。
司会はいつもの古屋和雄氏。
パネラーは安藤忠雄氏、伊藤潤氏、磯田道史氏、杏氏の4人。
でも、この本『城塞』は上、中、下巻の分厚
い3冊。
杏さんもこのパネラーに選ばれてから、今年
のお正月に3冊をやっつけようとしましたが
この2、3日前に終わったとニンマリ。
毎日テレビでは観ない日がない程の忙しい杏
さんは流石に歴女ですねえ、よく武将の事を
ごぞんじでした。
中でも真田幸村や塙団右衛門が武士らしくて
好きだとおっしゃっていました。
安藤さんに至っては1冊で挫折と笑ってらっ
しゃいました。
『城塞』は関ヶ原の合戦の後の家康が大阪城
を2度に渡って攻め落とす時の様子と周りを
固める家臣達の生き残りの右往左往を描いた
作品です。一人ひとりの武将を中心にどういう
生き残りをかけて、どう考えて行動したかが
緻密に描かれています。それも一々文献を取り上げて、こう書かれている、としている処
は司馬さんならではです。

司馬さんは峠から大阪を見下ろした時、この
景色を徳川家康も間違いなく見下ろしたで
あろうと述べています。
こういう表現は好きですね。他の歴史小説と
圧倒的に違うところです。司馬史観の根幹をなすところでしょうか。

会場であるNHKホールはまさに大阪城のまん
前でした。集まっている1300人ほどの聴衆のほとんどが団塊の世代か、それ以上。
司馬さんが亡くなってから、20年。
知らない世代が多くなっているんですね。

2015年2月8日日曜日

司馬遼太郎記念館

何年も何年も来ようとして来られなかった所
司馬さんが亡くなられて19年経ったのですねえ。
今回は思い切って、本当に思い切ってやって
来ました。
新幹線で2時間半、新大阪から40分。
然し、大阪の地下鉄も東京並みに分かりづら
く、
御堂筋線やら、本町線やら、そして、なんば線、近鉄奈良線、などが入り組んで縦横に
走っているせいか、乗り換えにやたら時間が
かかってしまって、お上りさんの、いやいや
お下りさんの悲哀を充分に味わってしまった
この経験を次回に活かせるかと言えば多分
コレが最後の様な気がする。
この経験を楽しまないとね。
帰って我が家の若者に伝える楽しみが、いや
義務がありそう。既に司馬さんを知らない世代が
20歳になろうとしているのだから。

2015年2月7日土曜日

小田原駅付近で富士山

今日は雲が多く、ドヨンとした天気なのに
富士山がくっきり見えて嬉しい。
車窓からでは余りいい写真は撮れませんね。
富士山は文句無しに美しく、荘厳で、心が洗われる。

わーい新幹線

9時発新大阪行き。
発車しました。
土曜日ですが、混んでます。
と言うか土曜日だからこそ混んでいるのですね。
知らないおばちゃんに旅行ですか?と話しか
けられ、はあ・・・としか答えられない。
今日は菜の花忌の記念講演を聞きに行きます
楽しみです。

2015年2月1日日曜日

『君よ憤怒の河を渉れ』

西村寿行さんの小説は初めてでしょうか。
高倉健さんの本の隣に平積みされていた
ので、思わず買ってしまい、そして、読み
耽ってしまいました。
映画化されたんでしょうねえ、主人公の検事
が高倉健さんらしい。
追われながらも真犯人を独自に探して逃避行
を続けるのですが、その逃避行が実に変化に
富んで面白い。こういう映画化された小説は
便利ですねえ。読み進めながら私の頭の中に
は健さんが生きて歩いて苦悩している。
熊に襲われる、山奥の番小屋で干し肉を焚き
火で炙ってほうばる、羆に怯える、馬に跨り
山野を駆け巡り、警察をうまくかわして、逃
げ回る。健さんは私の脳裏の中で実に優雅に
男らしく素敵でした。
TSUTAYAで探したのですが、見つかりませ
んでした。却って映画を見ないほうが良いの
かもしれません。