加藤治子さんは向田邦子さんと共に語られるヒトだと思います。
向田作品に数多く出演して好評でした。向田さんは50歳の頃に
台湾に遊びに行って飛行機事故で帰らぬ人となりました。加藤
さんのため息,哀しみが聞こえるようです。それ程に加藤さんは
向田さんの作品の中で輝いていました。
寺内貫太郎一家の中では気短な頑固親父を小林亜星さんが
演じていました。加藤さんはその奥さん役でしたが、何と言っても
《阿修羅の如く》の中の長女役がはまり役だったのではないでしょう
か。次女は八千草薫さん、三女はいしだあゆみさん、4女が風吹
ジュンさん。加藤さんはお花の先生なのですが、旅館の御主人と不倫
関係にあります。色っぽい、と言うか、艶やかでちょっと悪・・・という
おんなの制御し難い心の移り具合をうまく表現していて、凄いな・・・
と思わせました。
向田さんの作品では一番有名なものが阿修羅の如くですが、私が
一番のめり込んだと思えた作品は《家族熱》です。
この中では加藤さんは三国連太郎さん扮する一家の大黒柱の前妻
という役柄。
後妻さんが浅岡ルリ子さん、息子さん役が三浦友和さん。前妻さんは
どういう訳で家を出たかは語られていませんが、或るとき、前妻さんが
その家に押しかけてきます。
二階に上がる階段の一カ所がキシキシと踏む度に鳴ります。
このキシキシという処で加藤さんが足を踏みしめ、音をゆっくりたてながら、
『そう、ここ鳴るのよね~。』というような感じで台詞を言ったと思います。
家族に対する思い、家のあちこちに残る想い出が、ここを出て行った
深い後悔とともに思い出されて切ない・・・.こんな感じだったと思います。
今が不幸だから、想い出がとても切なく大切なのか・・・と感じながら
観ていました。そして、まるで狂わんばかりの懐かしさの中で涙を流し
ます。それを階下から恐怖を感じながら、後妻さん役の浅岡ルリ子さん
が見つめ、なす術もなく、呆然と立ち尽くしている。
名画面であり、加藤さんの凄い演技でした。
この脚本を書いた向田邦子さんも一流ですが、受けて立つ加藤
さんも凄いヒトでした。
この向田さんを師匠と仰いで、向田作品を彼女の死後も作り続けて
いた久世光彦さんも既に亡くなりました。毎年、お正月のテレビドラマ
には向田邦子脚本、久世光彦監督、加藤治子出演、黒柳徹子ナレーション
という黄金の組み合わせが出来ていました。でも、もう終わったのですね。
我々の時代の色々な想いを詰めていた何かしら塊のようなものが、時間軸
に流されて行く。
加藤治子さん、あなたが居なくなって、本当に寂しいです。昭和という
時代が『ああ、そんな時代もあったよねえ~。』と語られるのですね。