ここに高島野十郎氏の"カラスウリ"の絵があります。
これを観て"凄い!"と思わない人はいないと思います。
この存在感。
存在感や写実が欲しいのなら、写真があるだろう!
という人もいるでしょう。でも、そういう人に尋ねたい。
写真にこれだけの奥行きと思想を感じるか!
写真は被写体を強く感じます。
もちろん撮る人の技術によって、生かされもします。
絵は描く人の心、感情、生き方、思想、技術、そして、
被画体?の人間の命に匹敵する程の生命感を感じさせて
くれます、その画家によって。
彼は言います。
『花一つを、砂一粒を人間と同物に見る事、神と見る事。』
カラスウリの一つ、ヒトツ、枯葉の一枚、イチマイに光を
当てて、その存在を解き明かしたこの技術は身過ぎ世過ぎ
の為の作業ではなく、その思想の実践だと思えないだろうか。
何と言ってもこの絵のような凛とした、晴明な人生を
送ったという事はうれしい。
ただ、この高島野十郎でさえ、あのバブル時代に地上げ
業者によって、多いに悩まされ、苦労したという話の章は
実に悲しい思いで読みました。
そして、今の私は価値観、人生観を少し(?)所か大きく
反省してみなくてはいけないかも。