聞いて、観て、思うことは
ヒトは学ぶということ。
ある被災者は
インタビューに応えて
"自分で備蓄してたよ。
半年分の水だろう、
それに米。
俺は3回津波にあっている。
今だって自分のウチの
2階でくらしてるよ。"
凄い!実にシンプル
我が家も庭の隅にある
物置に備蓄はしていた。
しかし、いささか
ピクニック気分ではないかと
反省。
お餅やレトルトのカレー
までは許せるが
お汁粉やみつ豆までは
いらないだろう。
ワンダーフォーゲルの
経験を生かして
派手に買い揃えて
しまっていた。
今回、これを小出しに
出して食べ始めている。
折からの放射能もれの
報道や、春一番の風や
もの凄い量の花粉で
外に出られない状況。
いつまで保つか
わかりませんけど、
暫くこれを食い潰す
覚悟。
で、含嘉倉は中国の
唐の時代の貯蔵庫。
中国の最大の自慢は
あの12億ほどの人口
を飢えさせていないと
いう事。
唐の時代、この貯蔵庫が
地下にたくさんあったとか、
1969年洛陽郊外で261個も
発見されました。
戦争が一度起きれば
大量の流民が大発生
する。
この頃の政治は民に
飯を食わせること。
今の政治はそんなに
単純ではないけど、
基本においては飢えさせない
こと。
今回は情報に飢えさせない
ことだろうか。
それにしても
チェーンメールなどの
余分な情報の氾濫などを
目の当たりにして、
何事も程よい量の
さじ加減が必要なんですね
しかも、その取捨選択の
権利と責任が
民である我々にあり、
時の政治家ではなく、
個人個人に委ねられている
時代は大きくかわっている。
そして、余分な量の
備蓄は意味が無い。
我が家の備蓄は2009年のもの。
賞味期限も気になりますが
バッファリングなどの薬もしかり、
ホッカイロも効き目が
薄くなっていて
役に立ちません。
トホホと言うべきか。